海の底、森の奥

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20170214

サクリファイス(リアル短編・バレンタイン企画8)
背後からドアの開け閉めの音が聞こえ、男の唇は勝手に弧を描いた。
キッチンは、換気扇で取りきれないほかほかとした湯気で満ちていた。
よってにおいも充満している。
肉と、根菜が、煮込まれたもの。甘く、香ばしい、焼き菓子のもの。スパイス、ハーブ、洋酒。
たす、たす、と、帰宅したイーシンが、ささやかな足音を立てて奥に進み、カウンター越しに家族のひとりを目に映した。
「チャニョル」
 語尾を抜くように発音する、彼独特の言い方で、このキッチンの主に呼び掛けた。
高い、上の戸棚を開けたら間違いなく額を打つ身長を誇る、イーシンの弟分は、顔だけを振り向けた。
「兄さん、お帰り」
 そしてにこにこと笑みを顔に浮かべ、食卓の準備の仕上げに取り掛かった。
「…もしかして、待ってた?」
 コートを脱ぎながらイーシンは尋ねた。とても暖かく、代謝のいい彼はすでに薄く発汗していた。
「寝ててねって、連絡したのに」
 それに対するチャニョルの返事は「おっけ!!!!」だったのだ。イーシンはだからとても、驚いていた。
「えー、だって」天井の灯りがチャニョルの丸く盛り上がった頬を光らせる。「びっくりさせたかったから」
 チャニョルの声は、ヘッドフォンで、隅々まで計算されつくした音源を耳を済ませて聴いているときにやって来る、いちばん質のいい低音のようだなと、イーシンはいつも思う。そんな声で、こんなことをさらりと言う。
「ずるいなあ」
 ぽつりと零す。
「え?何?」
 食器をかしゃかしゃと取り出し、盛り付けに精を出すチャニョルは、イーシンがコートを放り投げ、上に着ていた厚手のトレーナーを乱暴に脱ぐのをふいに目にした。下に着ている長袖の薄いトップスの首周りを、暑そうに指で伸ばしているのも。その輝くばかりの笑顔は瞬間、消えた。唇を噛んで、目を泳がせながら手の動きを速めた。
「さすがに腹、減ってるでしょ」
 カウンターを回って、イーシンの立つ横に備えられたテーブルに、盆に乗せた料理をチャニョルは運んだ。敷いておいたランチョンマットに、それらを丁寧に並べながら続ける。
「もし、まんいち減ってなくても、味見くらいしてよ」
 そうして行ったり来たりを数回繰り返すチャニョルをぼうっと見守って、イーシンはただ、うん、とだけ呟いた。
俺たちって、やっぱ付き合ってるんだ、と、彼は改めて考えた。
まったくもって、似ているところのない自分たちが、それもどっちも男なのに、こんなことになるなんて、信じられないなとここ数ヶ月、チャニョルが自分を抱きしめてきたときから、イーシンは絶えず困惑をし続けてきた。
今日のように、深夜、へとへとになってマンションにひとり帰り着くと、玄関に突如チャニョルが現れた。
彼はイーシンを待っていた。
その大きな歩幅であっという間に距離を縮め、まだ靴も脱いでいない兄を、弟は腕の中に包み込んだ。
そうだ、あの日も。
硬く、広い体から、食べ物のにおいがしたことを、イーシンは思い出す。青い野菜や、トマトなどのそれ。
夜気と、香水と、汗の世界から、いきなりチャニョルの懐へと、イーシンは引っ張り込まれた。
おかえりなさい。
耳元で、あの声で、ヘッドフォンなどしていないのに、すばらしい音楽を聴かされるように、囁かれ、無意識のうちに、うっとりと目を閉じていた。全身の力が抜けた。
耳の裏から漂うイーシンのにおいと、脱力して身を任せられたという事実に、チャニョルは胸が苦しかった。拒絶されなかったというだけでも、涙が出そうだった。
「ご飯、作ったんだよ」
 体を離しつつ、異様なくらい大きなそのふたつの目で、イーシンを捉えてチャニョルは告げた。え、と、ほとんど息だけの声が、イーシンの品のいい唇から漏れた。
「食べて」
 お腹空いてたら、と、視線を逸らされると、呆気に取られたイーシンは、それでもとにかく靴を脱いだ。
ぼ、ぼと、と、靴の落ちる音が、やたらに響く。
「来てよ」
 手を差し出され、顔を上げると、今までに見たことのないような、切なげな表情を浮かべたチャニョルが、目を伏せてイーシンを向いていた。
忙しくて、まったく気付いていなかったけれど。
操られるようにイーシンは手の上に手を乗せた。
こいつ、こんなふうに俺を見てたのか?
チャニョルは手を触れただけで体温が上昇し、思い切って力を込めると、それに連動して体の真ん中、意思どおりにはいかない部分が、存在を主張した。
それを無視し、手を引いて、リビングへの扉を開けた。
バジルとトマトのパスタと、ほうれん草とハムのスープを、その夜ふたりは食べた。
食事を始めると、チャニョルは叱られた犬みたいに元気をなくし、もくもくとひたすら料理を口に運んだ。
そういうことが苦手であるのに、がんばってイーシンは、おいしい、とか、料理うまいね、とか、思いつく限りの、本心ではある、チャニョルの気を上向かせようとする言葉をたくさん並べた。とてもおいしかったのだ。ほんとうに。
食べ終わり、シンクに食器を運んでふたりが並ぶ格好になると、チャニョルはイーシンを見下ろした。
また、無言で、チャニョルはイーシンを抱いた。
そうされる一秒前に見た、涙の膜のようなものが張ったチャニョルの双眸に、イーシンは金縛りにあったようになった。
自分にこんなにも近い人間から、そういう、まことの恋情を目に浮かべられたのは、初めてだった。
ぎゅう、と引き寄せられ、腰のところで腕が交差するのが分かった。
言いたいことがあるのだけれど、それを言うのが、チャニョルは恐ろしすぎた。だからと言って、こんなことをしていたら、それこそ嫌われかねないことも、分かっているのに、体が自動的に、イーシンに触れてしまった。喉の奥でからからと音がするように思った。言葉が生まれ出ようと必死になってもがいていた。
にいさん。
言いながら、さっき食べたものを全部戻してしまうかも、とチャニョルは危ぶんだ。
すきだからつきあって。
暗号のように、抑揚なく、いつもの豊かさのかけらもなく、青年の言葉はふやふやと空気を漂った。
抱かれた格好のイーシンは、目を瞬いて夢のようなこの時間すべてに思いを馳せた。
 手をするすると男の感触のする背中を滑らせ、心臓の裏辺りで止め、ぽんぽん、と叩いた。
「―――いいよ」
 何を持って了承したのか、イーシンは自分でもよく分からなかった。
そのあとも、何度も何度も、考えた。
胸の中の温かさ。
野菜の味。
全身(目、声、手)から発してくる、好意の強度。
いつの間にやら絡め取られていた。そうとしか言いようがない。たった一晩、それどころか、一時間くらいのことだったのに。
俺を自分のものにしようとしているこいつを、俺のものにしよう、と、イーシンは頭の隅で確かに、はっきりと思ったのだった。
向かい合ってテーブルに着くと、ちょっとだけね、と言って、チャニョルは白ワインをグラスに注いだ。
「乾杯」
 杯を合わせ、遅れて乾杯、と言いながら、あれ?とイーシンは不審に思う。
「……今日って、なんか、お祝いする日?」
 甘めの白が喉を下っていく。
 チャニョルを見ると、おかしそうに笑顔をこしらえ、スプーンでクリームシチューをすくっている。
「やっぱりなあ」
 ごろごろと入っている厚切りのベーコンが、ひとすくいでふたつ、スプーンに乗った。
「今日、バレンタインだよ」
 美しい口でそれを咥えるチャニョルを、魅入られたようにイーシンは眺めた。ばれんたいん。
「バレンタイン?」
「うん」
 咀嚼するチャニョルは、硬いバゲットをむしる。白いカスがぱらぱらと落ち、かぐわしいイーストが鼻をくすぐった。
「…そっかあ」
「食べなよ」
 喉の奥で笑い、促すチャニョルを呆けて見つめるだけだったイーシンは、おもむろに食事に手を付けた。柔らかくなったベーコン。おいしいパン屋の人気のバゲット。
「おいしい」
「まじで」
「うん、ほんとう」
「やりー」
 子供のように顔をくしゃくしゃにして喜ぶチャニョルに、なんで俺がいいんだろう、とイーシンはまた、疑問が湧く。だが、空腹が満たされていくうちに、アルコールも手伝って、もっと体が温かく、充足していき、幸福とはこういうことを言うのだということしか、もう脳みそには残っていなかった。
目の縁や耳の先や首周りを、ほんのり赤く染めたイーシンが、ふらふらと体を揺らすのを、チャニョルはちらちらと盗み見るように眺めた。
おおかた食べ終えた頃、
「デザートがあるんだ」
と、チャニョルがくっきりと言った。
「デザート?」
「うん、焼いてみた」
「焼いた?」
「うん、ケーキ」
「ケーキ?」
 立ったチャニョルは冷蔵庫から、冷えたチョコレートの四角い塊を持って戻ってきた。
「ガトーショコラ」
 それでなくてもとろりとした目元のイーシンが、ほぼまぶたを閉じかけていたにもかかわらず、驚くべきことにかっと目を見開いた。
「え?これ、焼いたの?」
 イーシンの鮮烈な反応に、喜びで膨れ上がりながらチャニョルは答えた。
「うん」
「チャニョルが?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん」
 初めて作ったけど、多分そんなにまずくないと思う、と、照れくさそうにチャニョルは語った。
無骨な焦げ茶の直方体を見下ろし、ふたりはしばし黙った。
「…これ」
 イーシンが口を開いた。
「食べる?」
「これ、…お風呂上がってから、食べたい」
「―あ、そう?分かった、じゃああとで切るよ」
「うん、いっしょに、食べよ」
 そのときイーシンは、チャニョルの目をしっかと見た。頬を熱くしたチャニョルは、慌ててケーキを冷蔵庫へ戻す。
「じゃあ、片すから、兄さん風呂入ってきなよ」
 何も返答せず、イーシンは立ち上がった。すぐそこで、チャニョルは盆に皿を乗せている。
「チャニョル」
 ん?と顔を下ろしたチャニョルの肩を、手でぐっと引き寄せた。
唇と唇を触れ合わせるだけの、キス。
だが、初めての、キスだった。
みるみるうちにチャニョルは真っ赤になった。尖った変なかたちの耳も、燃えるように、紅葉した葉のように色付いた。
「…お風呂、いっしょに入ろ」
 上目でイーシンはそう言った。高い声が、甘くかすれて、チャニョルの耳に届いた。
「で、…でも」
 もう一度唇を合わせる。む、とチャニョルが喉仏辺りから漏らした。
顔を離して、イーシンはにこっと、目尻を垂らした笑みを作った。
「待ってるから」
 くるりと踵を返し、すたすたとドアの向こうへ、イーシンは消えた。
付き合って数ヶ月。
どうしても、キスさえも、できなかった。のに、とうとう、向こうから、してくれた。
真夜中、こうして時折ご飯を食べたり、携帯で連絡を取ったりする以外、具体的な行為をすることは、ついぞなかった。
―――付き合っているんだろうか。
そう自問することは数え切れぬほどあった。それでも、あの夜のことをチャニョルは忘れられなかったし、あれは夢ではないことも、よく分かっていた。
口元を手で覆う。
触れる肌が熱い。期待で体がぱんぱんだ。
浴室へ行ったら、兄さんが待っている。
我に返ったチャニョルは、素早い動きで食器をかき集めると、シンクへ向かった。
並外れた作りの体を縮こまらせて、勢いよく後片付けを行いながら、これから見られるだろうイーシンの白い体を思い浮かべては、唇をひとり緩ませた。



おわり



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my funny valentine | 短いお別れ

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2017/02/16 Thu 09:06:06
Re: フェリシティ檸檬さま。 : ミス・レモン @-
鍵コメH様

こんばんは!
こちらのお話にまでお言葉をお寄せくださり、まことにありがとうございます!^^
なんだか、お気持ちがすごく伝わってくるご感想で、大変嬉しく思いました~!

このカップルは、H様からご依頼いただいたシウベクカップルと同じくらい、自分自身でも書きたいなと、自発的に筆を取りたくなるようなふたりでございました。
ショウタイムでのふたりが大変印象的ですが、あれからだいぶときも経ち、もっと見た感じや振る舞いがおとなになったふたりが、それでも恋心から途端に幼くなってしまうような一瞬を切り取れていればなと思います。

チャニョルが出てくる長編も好んでくださっているとのこと!嬉しいですね~!
あまり恋愛的なことを書きやすいメンバーではなく、結構偏った内容が多いように自分で思っておりまして、「束の間~」も、「慈雨~」も、実は人を選んでしまう話なのではと、いつも頭のどこかで危惧しているため、そうおっしゃっていただけるとよかったなあと心から思うのです~。ありがとうございます!

レイはセフン相手が人気ですので、これを楽しんでくださるのかしら?という気持ちが彼以外の相手を書くとき常にございます。
フンレイが最高と思ってる!とかいうことがわたくしまったくございませんので、どんなものでも楽しんでくださる心構えをお持ちの読者様はほんとうに得がたく、また宝物でございます。

メーターの振り切れ…!また素敵な言い回しでございますね。
胸が熱くなります><

毎日来ていただけているだなんて…こうしてお返事をするのが、いろいろな都合で遅れてしまい、大変心苦しく思っておりますのに…。
H様にまた、胸をきゅうきゅう狭くしていただけるように(可愛いお言葉ですね^^)、これからも精進してまいります!
よろしくお願いいたします(__)
2017/02/21 Tue 19:43:29 URL

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