海の底、森の奥

- EXOの二次創作とオリジナルのBL小説を中心としたブログです。R18表現あり。お気軽にどうぞ。

20161019

春雷(オリジナル短編)
夜は足元を這うように訪れる。
顔を上げると手元を照らすテーブルランプのみが部屋の中の唯一の灯りであった。
伸昭《のぶあき》はパソコンの表示ではなく壁に掛けられた四角い時計を仰いだ。午後八時過ぎ。しびれるような目の奥に直接触れるかのごとくまぶたの上を指で押した。
そろそろやってくるかもしれない。
薄暗い部屋の中、座布団に座ったまま玄関の方を見やった。風通しがよいのを好む伸昭は、あらゆるドアを開け放しているため、玄関の茶色い扉が今いるリビングからでも目に映った。煙草を吸いたくなった。だが手元にはない。そもそも禁煙しており、ストックを避けていた。代わりに冷え切ったコーヒーを口に含み、苦みを舌の上で転がした。
喉の底へとコーヒーと言うよりコーヒーだったものと言っていい液体を落とした瞬間、チャイムの音が、静まり返り、機械類のモーター音だけが満ちていた空間に響き渡った。
コ、とカップを置くと、伸昭はよいせと立ち上がった。座りっぱなしだったせいで足の感覚がおかしい。運動不足だ、と毎日思うことをまた思いながらもう一度鳴ったチャイムの方へと向かった。
玄関の、丸い、橙の灯りを灯す。鍵を開け、ドアを開いた。
少しだけ上に相手の目はある。心持ち上目遣いで伸昭は来訪者を見た。
「毎日くんなよ」
 ドアノブを掴んだ男は、既に中に入り姿を消しかけている伸昭の後ろから滑り込むようにして部屋へ侵入した。がさりがさりと音を立てて。
裸足でフローリングをぺたぺたいわせ、元いたところへ戻ろうとしていた伸昭は、背後から聞こえるビニール袋の音に振り向いた。
オレンジ色の光の下で、紺の細身のスーツを着た男は靴を脱ぎながら自分の手からぶら下がっている仕事用の鞄と白い袋に目を落とす伸昭を見た。
「これ?」
 部屋に上がり、大きな足音を立てつつ伸昭に近付く。下にまで聞こえる、と何度目かの注意を伸昭は相手に伝えながらも、視線は目の高さに掲げられたビニール袋に注いでいた。
「なんだと思う?」
 にっこり微笑み、スポーツマン然とした色黒の顔を崩す博喜《ひろき》を伸昭は見上げた。
こうしてここにこの男が訪れるようになってから、ひと月が経っていた。


そこは居心地のいい飲み屋だった。
ほとんどバーと言ってよかったが、つまみが豊富で、バー特有の気取りがなかった。
しかしきちんと清潔でほどよく洗練されており、正体をなくした酔っ払いでも二軒目や三軒目などに来るにはさすがに及び腰になるようなたたずまいがあった。
伸昭は常連だった。
仕事に疲れ、食事の準備をするのも億劫だと、シャワーを軽く浴びましな格好に着替えるとマンションを出、よくそこに行った。眼精疲労から来る頭痛と肩凝りがうまい酒と肴で多少ほぐされた。
春、真夜中、雷が遠くで鳴っていた。
春雷か、と伸昭はひとりごちた。
長野の日本酒を飲んでいた。雷のせいでよけい辛く、うまかった。
烏賊の刺身を大葉でくるんで口に運んでいると、隣の席の男の靴が目に入った。
その男はサラリーマンらしい風体で、ふたり連れ、同僚と思しき男相手に一生懸命身振りを交えて話していた。
まだ若く、二十代半ばから後半と伸昭は判断した。
しかし靴は若さを感じさせるそれではなかった。
その日は締め切りを終え、疲れが尋常でなかったせいもあり、酔いが回るのが早かった。構わず小さなグラスに升の分を空け、喉を焼く酒をこくこくと干した。そうしながら鈍く光る男の靴からは目を離さなかった。
男の連れが手洗いに立ったらしかった。伸昭はすっかりアルコールに浸った頭で、赤茶に光る先の尖ったビジネスシューズを眺めながら、口の片端をくいと上げた。
「鰐皮か…」
 心のうちだけでなく、ほんとうに声に出していた。
ふい、と男が伸昭を向いた。
カウンターに並んだふたりは、お互いの顔を見合った。
スポーツマン風サラリーマンは自分の足に目を向け、また顔を上げて伸昭を見た。
「そうです。鰐皮です」
 かすかに赤みを持った、しかし地の色のせいで茶色みが増したようにしか見えぬ顔を緩ませて男は言った。
呆気に取られ、伸昭は口に隙間をこしらえたまま男の淡い笑顔を見るのみだった。
「はい、舞茸のてんぷらー」
 店主の太い腕が伸昭の前に伸びてきた。ほぼ反射的にその皿を受け取ると、かりっと揚がった黄色い衣を見つめて男は呟いた。
「わ、うまそー」
 そして伸昭に、ね?と言うように視線を戻した。目に柔らかな照明が反射してビー玉のようだった。髪も眉も瞳も黒く、濁りがなかった。
 連れが戻り、そろそろ行こう、と男に告げた。ああ、うん、と言って立ち上がり、ジャケットに袖を通して鞄を手にすると、座った伸昭に男は目を落とした。
ぱちぱちと瞬いて伸昭は男に顔を仰向けた。
「ここ、よく来るんですか?」
「…え?……ああ、まあ」
「そうですか」
 じゃあ、と言い残すと、不審げな表情の連れの方へと体の向きを変え、ゆっくりと歩き去った。
一連のできごとに虚を突かれ、伸昭は狐につままれたような心地で箸を手に取り、冷めないうちにとてんぷらを齧った。常と変わらず、ここの店主はてんぷらを揚げる腕もなかなかだった。


その後何度か足を運んだのち、あるとき再び店の引き戸を開けると、あの男がカウンターにいた。まったく同じ席に。
以前隣り合った際腰掛けていた席が伸昭の定位置だった。店はかなり混んでいたし、他の席に行くのはなんだかしゃくだった。
しかたなく男の隣に腰を下ろすと、つい、と男はなんのためらいもなく伸昭を向いた。伸昭と分かると、前回見せたのと同じ笑顔をまた作り、あ、来ましたねえ、と言った。
 当然戸惑いながら、伸昭はほとんど無意識に、店主に向かっていつもと同じ注文をした。
「今日も履いてますよ」
 ビールがカウンターに置かれると、男はほら、と言って視線を下げ、椅子の下の自分の爪先を上げた。
こいつ何か勘違いしてるらしいな、と伸昭は考えた。面倒臭くて盛大なため息を漏らしそうになる。
「鰐皮、好きなんですか?」
 グラスに手を伸ばしながらしぶしぶ伸昭は問うた。
「うーん、そういうわけでもないんです」
 芳ばしい香りと味が伸昭の鼻と口を通った。
「これ、なんとなく気に入って」
 趣味悪いな、ともう少しで言いそうになるのをビールの力で押しとどめた。
「でも初めてこないだそれを言われて。なんか嬉しかったんです」
 男は食べかけのごま油のかかったサラダをむしゃむしゃと口に入れた。食べることの似合う男だと伸昭はぼんやり思う。
 グラスの底近くを掴んでいた指を離し、お通しに手をつけようと箸を取ったとき、
「爪」
と、男が魅入られたような黒目で伸昭の手を見ながら言葉を発したのを聞いた。
「え?」
 箸を持った手を宙に浮かせていると、声は続いた。
「爪、すごくきれいですよね」
 箸の挟まった右手の爪を上に向け、伸昭はまじまじとおのれの指の先についた硬い部分に視線を落とした。
「そう、ですか?」
「はい」頬杖をついた男はやはりビー玉のようなまなこであった。「前舞茸を取った手を見て、にせものみたいにきれいだと思ったんです」
 夢でも見ているかのような声音と顔のさまで、伸昭はまた、なんと言ったらよいか分からなくなった。言葉を扱う仕事に就いているというのに。


何か、ふたりの間にあったわけではない。
ただ、再会した夜、男は伸昭の家についてきた。そして泊まり、朝仕事にそのまま行った。
繰り返すが、何もふたりには起きてはいない。具体的、肉体的な行動では。
そして幾度も同じことが繰り返された。
男の名は、小林博喜。不動産業。二十九歳。
みずからそう名乗ってくるので、伸昭もしょうがなく返した。
平田伸昭。翻訳家。三十七歳。
博喜が自分の後ろをてくてく辿ってくるのを、伸昭は止める手立てがなかった。彼に相対すると、何故か毒気が抜かれ、怒るのが馬鹿馬鹿しくなった。だから放っておき、好きにさせた。
きれいな爪だ。
口癖のように博喜は言った。ほとんどひとりごとだった。
資料が詰まれた伸昭の住むマンションの一室は、他人が訪れることなど稀で、久々に自分以外の人間がいることに伸昭も部屋も慣れるまで時間を要した。
だいたいどうして、この若造は、俺と差し向かいで酒を飲んだり、食べ物をつまんだり、うちのシャワーを借りたり、ソファで眠りこけたりしているのか。
眠りから覚めベッドを抜け出すと、出社した男の走り書きと、彼の作った朝ごはんがテーブルに置いてあった。
よくしゃべる男だった。
仕事にも有効だろう、きっと向いた職なのだろうとひとり得心するほど、男らしい朗らかさが全身から溢れていた。自分にはないものだと伸昭は博喜の姿や声や話すことにさらされるたびどこか恥ずかしくなった。学生時代、似たような気持ちを抱えたことがあったような気がした。
この訪問はいったいなんなのか。
質問を投げかけたい思いと、それをするのが怖いという思いが伸昭の中で相克していた。
酒が少し入り、伸昭の爪から始まり、伸びた癖毛や生っ白い肌、垂れた目尻やぼこりと浮き出た鎖骨、裸足のかかとなどをあのビー玉の目玉に博喜が映し出すと、伸昭は金縛りにあったようになった。虎に目をつけられた小鹿が震えてその場に一瞬立ち尽くすテレビの映像が毎回頭をよぎった。俺はバンビかよ、とその都度自分に突っ込みを入れた。
しかし視線だけで、言葉では決して何も、博喜は語ってこなかった。お互いの間も一定の距離が必ずあった。
だから逆に、伸昭には何もなすすべがなかった。博喜のビー玉に吸い込まれながら、彼の話に耳を傾け、思うところをぽつぽつと話すだけだった。


玄関に通じる廊下にふたりは棒立ちになったまま、ビニール袋を挟んで視線が絡んでいた。
「当ててよ」
 まだにこにこと博喜は笑みを浮かべていた。
「わかんねえよ」
「駄目だな。直感で勝負しないと」
「いいから教えろよ」
 いらいらした。
こんなしようもないやりとり自体にも、毎夜のように通ってくる、平安時代の男にも似たふるまいをしている自分より年下のサラリーマンとそれに振り回される自分自身にも、伸昭はいらいらした。裸足の足の裏が床の表面にぺとりと接着されたようだった。
「分かったよ」
 さ、と袋を持った筋肉質な黒い腕を伸昭の方に差し出し、見てみなよ、と博喜は言った。
不承不承指に輪の部分を引っ掛け、伸昭は中を覗いた。
「……舞茸のてんぷら」
「じゃーん」
 声が降ってくると同時に、頭のあたりに何かが掲げられた気配を感じ、伸昭は目を上げた。
顔の一寸先に、黄色い粉の塊ようなものが先にたくさんついた植物の束が、あった。
さわやかなにおいが鼻を抜けた。
「ミモザ」
 それは光を飛ばしていた。
太陽のかけらをぱらぱらと全身から。
「駅で売ってたから、どっちも。てんぷらはあの店みたいなきれいなきつね色じゃないから、なんか物足りなくてこの花見て、思わず買った」
 花の向こうにいる博喜を呆けた顔で伸昭は見た。
「……お前」
 上下の唇が擦れる音まで聞こえてきそうであった。
「…お前、何したいんだよ」
 腕を放るように博喜は花を持った手を下げた。笑いは一掃されていた。
「……爪」
 また、目はただのガラスでできた潤んだ玉になった。
「爪、触りたい」
 首から耳にかけておそろしい速さで熱が駆け巡るのを伸昭は感じた。そんなことは久々で、突然風邪をひいたかのような錯覚すら覚えた。
 ひた、と靴下の足を博喜は一歩伸昭に寄せた。
花束とビニール袋と仕事鞄を片手に持ち、もう一歩、足を進めた。
伸昭が相手の忍び寄る足を俯瞰すると、その奥にある光るあの靴が目に入った。
濃い毛の生えた指が伸昭に向かって伸びた。
「代わりに」
 人差し指を握られながら、伸昭は顔を落とした状態で弱弱しく言い放つ。
「代わりにあの靴、もう履くな」
え、と零し、博喜は四角い溝のたくさん走ったお気に入りの靴を一瞥する。
彼の苦悩を体現したようなわしゃわしゃの頭を向ける伸昭を向き、あれ、嫌いなの、と尋ねながらくっと掴んだ指に力をこめた。
びくりと体を震わせ、
「……うん、嫌いだ」
と駄々をこねる子供のように伸昭は答えた。
「…分かったよ」
 でもそれじゃあ、と続けた博喜に、伸昭はおそるおそる顎を上げた。
爪だけじゃ足りないな。
そう博喜が宣言し、ほんとうの夜は始まった。


                 おわり




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20161021

焼き焦がす(オリジナル短編)
波の白がこちらに繰り返し忍び寄るようすを飽かず見ていた。
空はうす青く、全体に紗のかかったように雲が覆っていた。風はなかった。波の背はごく低い。
大勢の人間が泳ぐせいで特段海は澄んでいなかった。
空気中に潮と人々の甲高い話し声と絶え間ない波音が混ざり、時折かもめの鳴き声もそこに加わった。スピーカーから流れ出す注意喚起の言葉も。
尚史(ひさし)は麦藁帽を被った頭を少しだけ仰向けた。
サングラスの奥の目を細め、いっしょに浜辺にやって来た、海水浴を真剣に楽しむ連れを見つめた。
もう何時間もああして一心不乱に泳いでいた。延べにして何キロも。
運動が好きだとは知っていたが、実際それに集中しているさまを目にするたび、ただただ驚くばかりだった。
中学生の時分、体育教師が運動能力は全部遺伝子によってあらかじめ決まっていると話していたことを思い出す。要するに出る結果に差が出るのは当然だが、それでもそれぞれ自分なりに頑張ることが大切だと若い教師は続けた。なんだか不思議な感触の話だなと頬にいくつかニキビの浮いた幼い尚史は思ったが、今では彼がかなり優秀な教師だったことがよく分かる。その通りだ。あいつはどんなに泳いでもへいちゃらなのに、俺はわずかにばしゃばしゃとしただけでへばってしまう。が、それはDNAの差だ。尚史は尚史なりに海を楽しんでいた。泳ぐのだって好きなのだが、いかんせん体力が続かない。電池切れになるすれすれまで海に浸かり、今はこうしてシートの上で膝を抱え、視界いっぱいに広がる多様な青と、そこに混じる白の観賞に耽った。海坊主のように時々頭をひょっこり出す真文(まさふみ)以外の人間は除いたすべてを、つまりは夏の海を、尚史は全身に浴びていた。


しばらくしてようやく真文が尚史に向かって体から水を滴らせながら歩いてきた。
額に黒いゴーグルを上げ、相当色の付いた肩や胸からだらだらと海の残りを落とし、顔をしかめて尚史を見下ろした。
「あちい」
12時を回り、太陽はみずからをもっとも燃やし、ここにあるもの皆焦がしていた。
「腹減ったな」
尚史が手渡したタオルを受け取り、体のあちこちを拭きながら真文は呟いた。
真っ黒いサングラスをかけた尚史は肌の水分を減らしていく真文を見上げ、遮光の弱さから眩しさに眉間を寄せ口元を歪めて言った。
「なんか食うか?」
「うん、海の家行こうぜ」
おう、と答えて腰を上げ、貴重品だけ持ち、ふたりは連れ立って掘っ立て小屋のような夏にだけ開く店に歩いて向かった。


てりてりとソースの色に輝く焼きそばをどちらもが食べた。
青海苔がふんだんに掛かっており、尚史も真文も顔を見合わせて声に出さず賞賛した。歯につくかもしれなかったが、 四十を過ぎたおっさんふたり、そんなことよりも味の満足の方がずっと大切であった。
「お前サングラスのかたちに日焼けし始めてる」
「まじか」
「うん」
もぐもぐ咀嚼する間に顔を晒した尚史を上目で見つつ真文は言い、軽く笑った。
「間抜けだな」
「帽子被ってんだけどな」
「もっと日焼け止め塗っとけよ」
「そうだなあ」
会社のやつらに笑われんな、それだと。
水と焼きそばを口に交互に運びながら、心底おかしそうに真文は破顔した。
「別にいいけどさあ」
尚史は筋肉質な真文に比べて締まりのない体をしていた。
特に太っているというほどではないが、二の腕や腹回りは年々たるみ、とにかく柔らかそうであったし、実際どこまでも柔らかかった。この夏ほのかに焼けてはいたが、こんがりと火の通ったような真文と比較すると、軽く刷毛で色を塗った程度であった。どこから見ても中年の体を尚史はしていた。ただ肌だけは、それこそ中学時代できたような吹き出物とはここ何十年も無縁であった。しみそばかすも、皺も目立たず、母の肌質を受け継いでいるらしいことを年を経るごとに実感した。母は今だひどく若く人の目に映った。それはたくさんの艶やかな髪と光る肌のおかげであった。尚史も髪と肌に関しては成人してから周囲が気に病むような問題に頭を悩ませたことはなかった。その点真文は特に髪は、口にこそしないが気にしているのを尚史はなんとなく知っていた。しかし薄くなっているとはいえ、不快感を他人に与えるものでは決してなかった。魅力を彼から削ぐようなものでも。
少し長めに伸ばし、撫でつけた髪の毛はたとえ量が減っても性的魅力を放っていた。高校生がそのまま大人になっただけのような自分とは大違いだと尚史は心中羨ましかった。羨ましいだけにとどまらなかった。そうだったらどんなによいか。
「食ったらまた泳ぐわ」
発泡スチロールでできた皿の中はほとんど空だった。紅生薑がうねうねと白の中に浮き上がって見えた。
「お前ももう少し泳げ」
ぐびぐびとビールを干すように真文は水を飲んだ。上下する黒い喉仏を尚史は口を開けて見た。
「そうする」
視線を外し残った焼きそばを口に運んだ。
気温の上昇はとどまるところを知らない。


同僚として働き出して十年以上経つ。
部署や役職は変わったが、付き合いは変わらず、それどころか年月を重ねるごとに深さは増した。
週に一度は必ず飲んだし、こうして遊びにも共に出る。独り者同士。
それぞれに彼女がいることもある。だがお互い、交流の頻度や内容は女たちに変えさせなかった。
尚史は何をどうすればよいのか途方に暮れていた。知り合ってから今まで、ずっと。
海に入り、仰向けに浮かんで、サングラス越しにこちらに手を伸ばしてくるような太陽を見た。
自分の豊かな髪が海藻のように波に揺られているのを感じる。
子供っぽさの漂う唇を半開きにして、体じゅうが海の生き物になったと思い込み、瞳を隠した。
閉じたまぶたの裏に、体を濡らした真文がいる。
海水パンツは体に沿ったタイプのもので、かたちがそれとなく伺える。
するするとひっきりなしに水分が体を伝い、肌や毛を潤している。
駄目だ。
うす目を開けて尚史は思う。
脳は人間のままである。欲に駆られてどうしようもない。
ごぶりと潜ると、あてもなく熱を持った下半身を海で冷やした。


酒は一滴も口にしていなかった。
だが酔ったように熱の回った頭で、ふたりは海岸沿いを駅まで歩いた。
からん、からんと、真文の履いた下駄の音がゆったりとリズムを刻んだ。
昼下がりから夕刻までのねっとりとした雰囲気があたりにあった。
「ビール飲みながら夕焼け見るか?」
下駄の音の合間を縫って尚史は尋ねた。
「そうだなあ」
鼻緒に挟まった足の甲も、くるくると裾をまくった麻のパンツから伸びたくるぶしも、きれいに焼けているのを尚史は目に映す。
思案している気配はあったが、結論を出さぬまま真文は歩いていた。
「あ」
首を横に向け海を眺めていた尚史は、声と共に特徴的な足音の止まったことに気付き、出しかけた足を止めた。
振り向くと俯いた真文がみずからの片足を見ている。
「…鼻緒、切れた」
サングラスを上げ、相手の左足の親指と人差し指の間を注視すると、確かに根元から板を抜け出ていた。
「あれま」
「縁起悪りぃー」
首の後ろに手をやる真文の顔は心底いやそうであった。
「迷信だ迷信」
しゃがみ込み、相手の指の間をここぞとばかりにじっと見た。
硬そうな毛がすべての指に満遍なく生えている。人差し指が親指より長い。指の隙間は砂だらけだ。
「どうすっかな、これ」
「俺のビーサン履けよ」
体勢はそのままに、尚史は自分の荷物の中から海岸で履いていた白いビーチサンダルをがさがさと取り出した。
「ほら」
「サンキュー。まじ助かった」
真文は尚史の肩に手を置き、下駄を脱いだ。掌から伝わる温度と体重が、すでに太陽によってさんざん熱をこもらせた尚史の皮膚をまた、焼いた。
差し出したビーチサンダルに履き替えさせる瞬間、わざと尚史は手の親指で真文の足の親指をそろりと触れた。毛と爪の硬度を親指は知る。
「なあ」
まだ腰を上げず、尚史はビーサンを履いた男の大きな足を見つめながら言った。
「ん?」
「やっぱり帰ろう」
顔を上げ、まっすぐ真文を仰ぎ尚史は提案する。
「うち、来いよ。飲もう」
真文は若干の動揺を目の中に覗かせた。それが何によるものなのかまだ尚史には分からない。だが、きっと。
「いいだろ」
決定事項のように尚史は告げた。
「……うん」
ぐっと足を伸ばすと、尚史は踵を返した。
「じゃ、ビールとつまみ買って帰ろうぜ」
もう、下駄の音はしない。
今日聴き続けた波の音と、客の嬌声があるばかり、そしてやはり、たまにかもめが鳴いていた。



おわり




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20161024

おなかがすいて(オリジナル短編)
うなじを見つめられるくらい、後ろを歩いていた。散髪に行ってから日の経っていないそこは無駄なものが何もない。完璧だった。
蝶が舞っている。
枯れ葉のような色のや、黄金のような色の、大きな蝶たちが、陽多(ようた)たちの歩く通学路脇の歩道の秋桜に群がっていた。
ある道の横に長くその花壇は続き、黄、白、桃、とりどりの花弁が太陽を透かし、風を受け丈のある茎が踊るように揺れるのを毎日そこを通る人々は目にした。
陽多は前を行く春郎(はるお)と花と蝶を眺めながら、どんどん歩くペースが遅くなった。起きたまま眠っているようだった。
学校指定のうす青い長袖のシャツの背中にはがっしりしたリュックサックが乗っている。馬鹿でかい、いくらでも物が詰め込めるような真っ黒いそれの上の、頭がくるりと後ろを向いた。
「おせーよ」
わずかにしかめた眉をして、つっけんどんに春郎は言った。呆れたような口調と顔を陽多に浴びせる。
「いつもいつも、なんでこの道でそんなにのらくら歩くんだよ」
立ち止まったふたりの間をひらひらと羽を上下させ、蝶は飛んだ。
「………花、きれいだからさ」
へら、と笑って陽多は答えた。
春郎のひとえは陽多に向かって睨むように細くなり、陽多はそれを見返しながら腰から背がびりびりとした。
視線を左脇の秋の花に春郎が移すと、彼の横を通って蝶がすぐ手前の花芯に留まった。
下唇を落とすように口をほのかに開け、春郎が蝶の蜜を吸うさまを見下ろすのを、陽多は貪るごとく見た。
ここからでも、春郎の下の唇に、ちょんとほくろが浮いているのを確かめられた。
なんの表情も浮かべず蝶の食事風景を黙して見続ける春郎のその口を、自分も蝶のように吸いたいと陽多は欲した。
心底彼らが羨ましかった。
あのほくろに唇を乗せ、その奥の、隠された、蜜のたっぷり詰まった秘密の穴へ舌を入れ込み、思う存分舐め回したい。
陽多の下半身は膨れた。
とにかく栄養が要った。蝶と同じく、腹が減って腹が減ってしかたがない。
花から花へ飛び移る蝶たちからようやく春郎は顔を上げた。
自分を向く春郎から、陽多は斜め下に目を落とした。股間のことに気付かないでほしいと思いながら、どこかで気付いてほしいとも思っていた。とぼとぼと足を進める。
好きだって、言った。
そうしたら、俺もそうだよ、って、言ってくれた。
でもそれは、ほんとうは同じ意味ではなかったんじゃないか。
だってあれから、なんにも変わらない。
春郎に近付きながら、ここ数週間の悩みに陽多の頭は席巻された。
真っ赤な顔で、目尻に涙さえ滲ませながら、必死の形相で伝えたあの言葉を、友人としてのそれだなんて考えるはずがないと、陽多は自分を励まし日々過ごしていた。いまだ携帯電話やスマートフォンの類を持たされていない陽多には、直接会って相対する春郎がすべてだった。春郎のスマートフォンに家から電話するのは気が引けた。だからいつもなにごとも、面と向かって聞くしかなかった。きつい顔をした、低い声の、ゲームと本が好きな中学生。俺のことが好き?とんでもない勘違いなんじゃないか。
でも、聞けない。
暗い思考に支配された陽多は、生まれつき色の抜けた癖のない髪を春郎に向け、そのすぐ前で体を止めた。首を動かせず、自分のアディダスのスニーカーをじっと見た。
「陽多」
声変わりを遥か昔に済ませたかのような、落ち着いた低音が上から降ってきた。
自分の名だと分かっているのに、初めて聴く音楽に心震わせるように陽多は勝手に胸がときめく。
間が、あった。
靴の上を先程の蝶が遊ぶように飛んでいた。
「……………今日、うち、来る?」
蜜を、耳の中に流された。
鼓膜は甘く打ち震え、きゅうとまた、脚の間に熱が溜まった。
ゆるゆると顔を相手の顔の前にさらすと、春郎は再び食事する蝶たちを向いていた。口がきゅっと結ばれ、ほくろが心持ち横に伸びているように陽多に映る。
「……い、いの」
さっと手を伸ばし春郎は白の秋桜の長い茎を指先で掴んだ。親指で葉を弄びながら、うん、と呟く。
「行く」
コンプレックスである垂れた眉が、もっとどうにもならないようすで下に下がっているだろうと、陽多は心中情けなかった。だがそんなこと、今のこの喜びに比べたら、なんということもなかった。
うん、と口の中だけで返事をすると、陽多を見ぬまま春郎は進行方向に体を向け、すたすたと歩き始めた。
また陽多は、春郎の細い首を見つめて後ろを歩いた。ほんのりそこが色付いているように見えるのは、自分の思い込みではないはずだ、と考えながら。
股間の状態のせいで体をかがめながらも、陽多は心が蝶のような軽さで浮き上がるのを感じ、このあとのことに思いを馳せた。
ほくろ。
初めて見たときから、どうにかならないだろうかとずっと、夢想していた。
視線の先を横切る蝶に対し、俺だってこれからやっと、食事だ、と春郎は心のうちで勝ち誇ったように言った。



おわり




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20161027

深淵へ(オリジナル短編)
きみの唇は昔食べた和菓子に似ている。
乾燥しているようなのに、口に入れると溶けるんだ。
そうギルバートがウェールズ訛りで耳元に囁きかけてきたとき、私は苦笑して顔を赤くするしかなかった。
私は彼とキスをすると、いつもその濃く口の周りを彩る茶色の髭に気を取られた。ある程度伸ばされぐるりと唇を囲むそれは、動物に頬擦りしているような錯覚をもたらした。
「サトシ」
 息を抜きながらギルバートは私を呼ぶ。まるで自分の名ではないようにその言葉は私を揺する。
自己紹介の場で、ファーストネームは敏《さとし》だと告げ、円滑なコミュニケーションのためにとちょっとしたお愛想として、ほら、今流行っている、日本のゲームがあるだろ、あれに出てくる主人公と同じ名前だよと付け加えると、きょとんとした顔をギルバートは私に向けた。世間知らずとは彼のような人間を言うのだと、私はのちに思い知らされることとなる。
十五年以上前のことだ。
私はロンドンの語学学校に勤めていた。
大学に通いながら、日本語をイギリスの生徒たちに教え、生活費を稼ぎ、日々暮らしていた。ロンドンは寒く、暗く、暮らしにくかった。だが不満だったわけではない。私は暑さが苦手で、ネガティブで、生きづらかった。だから私とロンドンの相性はよかった。霧が深くたちこめるとひどく安心感があり、同時にとても高揚した。すれ違う人の顔さえほとんど見えない。マフラーに顔を埋めながら、生き生きとした足取りで街を縦横無尽に闊歩した。
ギルバート・ジョーンズとは大学で知り合った。彼は三十をいくつか過ぎた私よりも数個年下だったが、まったくそうは見えなかった。
コーヒーのような色のもしゃもしゃの髪と髭をして、目の色は明るい緑、私よりだいぶん背が高かった。痩せ型で、肩の線がくっきりと角を描いているのが印象深く、よくいろんなものにぶつかった。笑うと顔が丸めた紙のようになった。突出した喉仏から、大型犬の吼える音に似た奥深い響きのある声が出ると、どうしても彼の話を聴かざるを得ない気になった。だから私は彼を見上げ、その喉や髭が動くのを観察しながら、よく専攻についての持論や実家にいる家族やペットの話に耳を傾けた。そういうとき、ギルバートは私を見なかった。必ずどこか明後日の方を向き、エメラルドを思わせるまなこを半ばまぶたで隠していた。そういうふうな態度を取る西洋人は珍しく、まるで同国人と話しているような心持ちで、私は彼との時間を過ごした。
お互いの家を行き来するようになるのに時間はかからなかった。
私はもともと人付き合いが苦手であるのに、ギルバートといっしょにいるのは楽だった。よくそのことについてぼんやりと考えた。凍てつく寒さの中転がり込むようにしてどちらかの部屋に辿り着くと、連係プレーでお湯の準備や上着の片付けを行い、体を寄せ合うようにしてお茶を飲んだ。ギルバートは砂糖ふたつ、ミルクたっぷり。私はストレートで。彼のマンションの近くのベーカリーで焼いているスコーンは見事な味だった。ふたりでお茶を飲み、スコーンにバターやジャムやクロテッドクリームを塗り付けて食べる冬の夕べは、何物にも変えがたかった。私は今でもどの時代に戻りたいかと問われたら、迷わずこのときと答えるだろう。窓の外は一面灰色、部屋の中はセントラルヒーティングが効き、湯気の立つティーカップが掌にある。目を上げると視線を外しているギルバートの横顔。ずっとこうしていたいと思った。そんなことは初めてだった。
その年いちばんの冷え込みになった、雪の降る夜、いつものように私の部屋にギルバートは来ていた。軽く私が夕飯を作り、ふたりで食事しようと考えていた。
「何食べたい?」
 私は冷蔵庫の中を覗きながらギルバートを見ずに問いかけた。返事はなかった。おかしいなと思い顔を上げると、すぐそばに彼が立っていた。
「どうしたんだよ」
 冷蔵庫の蓋の向こうで項垂れているギルバートは、具合の悪い動物のようなさまだった。冷気の漏れる箱の扉をぱたんと閉めると、私は心配になってもう一度尋ねた。どうした?と。
 すると珍しく、毛に覆われた顎を上げ、ギルバートは私をまっすぐに捉えた。猫のようなそのふたつの目で。暗い部屋の中(私は明るくするのが好きでなかった)、その瞳はどこからかの光を受けているのかやけにらんらんと輝き、久しぶりに目にしたその美しさに私はほとんど呆気にとられた。
 薄い唇が開いた。
「きみは、気付いてないかもしれないのだけど」
 かすれた、常とはまったく違う声が彼の口から流れた。私はびっくりした。ほんとうに風邪でもひいたのではないかと訝った。
「…それに、言う、つもりもなかったのだけど」
 お互いの目を見つめ合って会話をしたのは初めてではなかろうか、そんなことを思いながら、私は、ギルバートが何を言わんとしているかまったく予想がつかなかった。
「僕は、きみのことが、……好きなんだ。…その、性の、対象として」
 最後の方はほとんど口の中でもごもごと消えていった。しかしすべてが聞こえた。
ギルバートはさすがに目を横に逸らした。毛の隙間から覗く白い肌は耳も含めて朱色だった。
立ち尽くした私は何を言えばいいのか分からなかった。
鈍感な私は、その瞬間まで彼の気持ちにまったく、これっぽっちも、気付いていなかった。
そもそも私には恋愛経験というものがほとんどなかった。
女性にそういうふうに惹かれるということがまずもってなく、男性に対してそうかと言われるとそれも違った。恋愛の気質というものを持って生まれてこなかったようだった。そしてそれに困ったこともなかった。結婚の話になったときあいまいな笑みを浮かべてどう話を変えようかと思案し少し戸惑うくらいであった。
そんな私であったので、このような情熱的な思い(傍目にそうは見えなかったろうが、ギルバートはほんとうに熱い思いを抱いているのが私にはよく分かった、彼が何かを好きだと言うとき、それは生半可なものではないのだ)を明かされるなんてことが自分の人生に起こるとは、到底信じられるはずもなかった。
日本人の中でもその長い学生生活を体現してか若造に見られがちであり、ギルバートと反対のひどいなで肩の、貧相な体つきをした平々凡々たる容姿の自分を好いている、この立派な、賢い頭と温かい心を持ったウェールズ人が。
私は困惑し、ただひたすら唇を舐めた。
「やめてくれ」
 突然ギルバートは言った。
「…その、唇を舐めるの、やめてくれ。たまらなくなる」
 私のその仕草は癖のひとつであった。
乾燥しがちで、かさつく前に舌で潤してしまうことがよくあった。
横目で私の顔を見、言ったことに更に自分で赤面の度合いを増しギルバートは黙った。
何かが私の中でその瞬間、変わった。
ギルバートが私の癖を自分の性衝動と結び付けている、そのことに私は驚くほど興奮した。
唇を差し出してもいい、と思った。
いや、してもいいではなかった。
してくれ、と欲した。
その夜、雪はしんしんと降り続けた。
私はギルバートとキスをした。キスしか、しなかった。永遠のようにキスをし続けた。唇はこうして使うのかと、私は幼子のように思った。
恋人同士になった私たちは、それから長い時間をかけ、互いの体を探索した。
ほくろがどこにいくつあり、どの場所が感じやすく、楽で快感を得やすい体位はどれか。
無駄な肉のないギルバートの白い体はあちこち骨張っていて、私はよくそれを指先でなぞった。くすぐったがるようすがほんとうに愛しかった。
ギルバートは何度か言った。
「きみは深い森なんだ。分け入っても分け入っても、驚きと発見がある。ぼくは子供みたいに家に帰りたくない、ずっとここにいたいって気持ちになる。でも怖くもあるんだ。分かる?」
 中国の古い泉のような色の目を私にさらし、泣きそうな声でそう言うギルバートは、大きな体をしているのに実際小さな少年のように私に映った。恋をした男は皆そうなるのだと、私はその年になってようやく身に染みて分かった。私自身、きっと彼の目にそのように映っていたはずだ。いたたまれないような、叫び出したいような、むずむずした感じが常に胸の中で渦巻いていた。私たちは幼い探検家だった。ふたりできりのない冒険に出ていた。
日本の大学で職が決まったことを告げた日のことは、きっと死ぬまで忘れないだろうと思う。
私たちはパブにいた。
ギルバートは甘いエール、私は夜の闇のようなギネスを飲んでいた。
そこは私たちの家の真ん中らへんに位置する、うまいビールを飲ませるパブで、いつも賑わっていた。
喧騒に満ちた店内で、私はいつ切り出そうかと思い悩んでいたが、ひとくち芳醇な麦の酒を飲み込むと、ぽろりと口から言葉が零れ出た。
「春に、日本に帰る」
 言った途端、目に涙が溢れそうになり、私は慌てた。しかたなくふたくち目を勢いよく飲んだ。
グラスを手で掴んだままギルバートはぴくりともしなかった。
コン、とカウンターにグラスを置いて、彼を見た。
「…どうする?」
 聞いたはいいが、私自身、どうしたいのか分からなかった。別れたくはなかった。だが、ものすごい距離を隔てての、あてのない関係となり、そんなことが続けられる気がしなかった。
ギルバートもふたくち目を含んだ。瞬きを繰り返している。彼は緊張するとそうしてなるべく目を隠すようにした。
「……ぼくは……ロンドンから、離れられない。ここでまだ、研究があるから。きみは、…絶対、日本に戻らなきゃならないの?」
 そして私を見た。責めているような双眼だった。
私は腹立たしかった。私だってしたいことがあり、わざわざイギリスまで来て、ようやく自分の場所を日本の大学で勝ち取ったのだ。生半可な努力ではなかった。ギルバートと同様、私にも研究に対する欲がある。それは今よりずっと強く、自分の恋情を凌駕する力があった。
「戻るよ。ぼくにもぼくの研究がある」
 そうはっきり、叩き付けるように言ってしまった。緑の目をじっと見据えて。
パブを出、連れ立ってうちへと帰り、激しいセックスをした。
もう出て行くのだと思い、声など我慢せず好きなだけ叫び、喘いだ。涙を流しならギルバートにしがみついた。
それから、もう、キスをすることも、セックスをすることもなくなった。そのまま、私は日本に帰った。
メールや手紙の交換すら、私たちはしなかった。なぜだろう。どこか意地になっていた。相手がしてきたらしてやってもいい、とどちらもが思っていたような気がする。
今週末開かれる学会で、うちの大学にギルバートがやってくることになったのを知ったのは、今朝のことだった。
私は紅茶を相変わらずストレートで飲みながら、昨晩来ていたメールのチェックを行っていた。
招かれる教授たちの名前の中に、彼の名を見つけたとき、首のうしろがぞわりとした。
唇を舐めかけると、あの、ギルバートの声がした。
サトシ、きみの唇は。
指の先端で自分のそれにそっと触れる。
時はいっきに遡り、私は古いマンションの一室にいた。
早く私を。
汚れた窓の向こうは雪だ。
そのすべてで探しつくしてくれ。
私はパソコンから離れ、仕事に行く準備を始めた。
ギルバートが好きな色のタイを手に取る。
これは、彼に会うときに。
別のタイを身に付け、家を後にし、雲の覆った空を仰ぐと、口から白く息がたなびいた。
ロンドンの冬。
あの永遠。
きっとまた私たちは、手を繋ぎ、未知なる場所へと足を踏み出す。



おわり 




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