海の底、森の奥

- EXOの二次創作とオリジナルのBL小説を中心としたブログです。R18表現あり。お気軽にどうぞ。

20160918

ONE FLESH(チャニョル、クリス)
自分より背の高い人間に直接会ったのは、成人してから初めてかもしれない、というのが、彼への第一印象だった。
その日も、しょっちゅう入り浸っているクラブに俺はやって来ていた。
彼もいるだろうか、と暗いが時折強い光線の走る、音、音、音の店内をぐるぐると巡った。
顔見知りがそこここで声を掛けてくる。
適当に返事をし、笑みを見せながら今夜は来てないかと思ったそのとき、肩をぐっと掴まれた。
振り向くと、そこには俺より上の目線を持った、探していた相手がいた。
「よお、チャニョル。遅かったな」
彼の喋る韓国語は、独特のリズムとイントネーションを持っている。
なぜかそれを聞くのが、俺はとても好きだった。
「……来てないかと思ったよ、クリス」
来てるさ、ほら、と言いながら、自分の前で大きなその両の手を広げる。
そうしてはははとクリスは笑った。


クリスと出会った頃、俺は、デザイン系の学校を卒業したあと、バイトをしながら生活していた。
どんな仕事でも働くことに関して苦になるわけではなかったが、満たされていないという感じが常に体のどこかに染み付いているような毎日を送っていた。
クラブ通いは、週末のルーティンだった。
高校生の時分から通っているので、もう特別な何かではまったくなかった。
友人と会い、酒を飲み、音楽を聴き、たまに誘われてDJをやった。
赤らんだ顔で陽の光を浴びつつ駅に向かい、深くシートに腰を下ろし、自分のアパートへ空いた電車に揺られながら帰る途中、なんとなくすべてが無意味に感じられ、俺は半分夢に足を突っ込むと、魂が口から抜け出てそこらへんを泳いでいるような感覚によく陥っていた。
そんなある土曜日の夜、いつものように店に向かった。
俺がよく陣取るあたりに、小さな人だかりがあった。
頭がひとつ、いやふたつほども飛び出ているような男がいるのがすぐ分かった。
そしてきちんとした照明がなくとも、その髪が金色で、顔とスタイルが整っているのがいやに人目を引いた。
そんな男が俺を見た。
俺はキャップを被っていたけれど、その下から思わず届いた視線をまっすぐ受けた。
口元に笑みを混ぜて、クリスはどんどんとこちらに来た。
手をさっと差し伸べられ、俺が少しぎょっとすると、
「よお。俺クリス。お前なんて言うの」
と拍を取るようにクリスは言った。
目を広げ、俺はかすかに顎を上げ、クリスの顔を真近で見た。
はは、とクリスはピンクの歯茎を覗かせ、言った。
「でけー目だな。お前みたいな顔、初めて見たよ」
差し出されたままの、指の長い、掌の広いその手に、俺はおずおずと自らのそれを上げた。
ぱ、と俺の手を取り、ぐっと握ると、で、名前は?と言いながらぶん、と振った。
「……チャニョル」
チャニョル、と、クリスは繰り返した。
俺は立ちながら視線を上にして話すことに、慣れていなかった。
こんなふうに話しかけてくる、ここまでルックスのいい男にも。
めまぐるしく俺を取り巻いたクリスにまつわるできごとに、クラブの中の音と闇と光がより、その非日常感を盛り上げてきた。
「お前、背、高いな」
クリスは俺の肩に腕を回し、自分に引き寄せ、進行方向を自らと同じにさせた。
そしてしょっちゅう俺が座るシートに、並んで腰掛けた。
「チャニョル、今日初めて来たんだって、クリス」
知り合いの女のひとりが、目を輝かせ話しかけて来た。
真っ暗闇の中ででも、彼女のように、女性陣が目に光を宿し、クリスを見ているのがよく分かった。
クリスは顔や体がいいだけでなく、着ているものや身に付けているものが、高級だということが傍目からでもすぐ分かった。
匂いや、かたち、光を受けた輝きが、違うのだ。
彼から香る香水も、鼻に複雑な感傷と奮起をもたらす、安物とは一線を画したそれだった。
何者なんだ、こいつ、と思いながら、俺は手に持ったジントニックを口に持って行こうとした。
それを見たクリスが、テーブルにあった自分のビールを手に取り、俺のグラスに近付けた。
「よろしくな」
そう言い、カチ、とグラスとグラスを合わせた。
しゅわしゅわと気泡のつぶれる音を聴きながら、俺はクリスの太い眉と濃い黒目を見つめていた。


「お前はひと目で気に入ったんだよ」
クリスは照れることなく、単なる事実だ、というふうに俺によくそう言った。
「まず、背が高いしな」
と、訳の分からぬこともたびたび、言った。
「視線が同じくらいってのが、嬉しいんだよ」
それは、分かる気がした。
俺もほのかに上目で彼を見るのが、どうしてだが心地よかった。
すべてが俺よりでかいのも。
そんなこと、クリス相手でないと、感じられるものではなかった。
つまりクリスは俺にとって、唯一無二の存在だった。
週末、ほとんど毎週、クリスは来た。
最近、この街に転勤してきたと教えてくれた。
「支店を出したんだよ、中国の本社が」
中国のファッションブランドに、クリスは勤めていた。
昔モデルを少しだけしていたと、俺に告げた。
「楽しかったけど、もういいな」
そう、思い出しながら俺の耳でしっかり言った。
クラブはその音量の大きさから、会話のほとんどを耳元で行う。
それが親密さを急激に増す効果があるように、俺は思った。
今までもそう思っていたし、誰もが同じことを感じるだろうが、クリスを相手にするとその感想がいやました。
彼の距離の取り方はただでさえ独特で、人に対し非常に熱心だった。
それが顔を突き合わせ、耳で囁き合ったりしながら関係を作っていくとなると、昔からの親友か何かのように錯覚しそうに俺はなった。
いろいろなことを話してくれた。
家族のこと、仕事のこと、彼女のこと。
彼女はクラブには来なかった。
そもそも彼女は中国にいた。
「だけどだいたい、嫌いなんだよ、こういうところ」
呆れたように、だが愛情を溢れさせてクリスは言った。
毎週末ここで過ごして怒らないのか、と聞くと、
「家にいたって、電話かメールするしかないからな」
と答えた。
会うのはひと月に一度ほどらしかった。
お前はいないのか、とクリスから問い返された。
「学校出てから、続かなくなったよ」
と、どこか恥ずかしく感じながら俺は答えた。
「もったいないな」
クリスは鋭い眉の間を狭め、本心からといった態で俺の耳に近い頬の前で呟いた。
「こんなにいい男なのに」
頬の産毛をその言葉がくすぐった。
暗くて本当によかったと俺は思った。
耳がここ最近ないほど、熱を持っているのが分かっていた。


よく、ふたりでフロアで踊った。
女の子も交えていたが、あまり彼女たちは関係なかった。
俺たちは高揚し、たまに吠えたりしながら、汗を流して、音楽に身を任せた。
ピンクや緑や青の、光の線が俺とクリスの体を射した。
一直線に同じ線に貫かれると、俺はなんとも形容しがたい心の昂りをこれでもかと感じていた。
それはクリスも同じだと、その表情から俺は完全に読み取っていたものだ。
なぜだろう?
まったく境遇も性格も違う俺たちが、一心同体のような心持ちに、土曜日の夜だけなれた。
それは得難い体験で、俺はその夜を思うだけで、ちょっときついなと感じるときにも、ふんと体を起こすことができるのだった。


もうすぐ本社にまた戻るんだ、と、出会ってから1年ほどが過ぎたとき、クリスが俺の耳の中に知らせた。
俺はいつかそんな日が来るだろう、とは思っていたが、こんなに早いとは予想していなかった。
なんと言っていいか分からず、初めて会い、握手を求められたときのように、目を広げて彼を見た。
クリスは唇に笑みを込めていた。
哀しげな、笑みを。
「………よかったなあ」
自分でも、どこから出しているのか分からない、低く抑揚のない声が出、それをクリスの耳元に寄せた。
「……彼女にも、これでいつでも会えるしな」
言いながら、なんと空虚に聞こえるのかと、俺は自分で驚いた。
心にもないことを言っているのを、気付いていた。俺も。クリスも。
「……来週、また、来れるとは、思うよ」
初めて聞くような、不思議な色の声をクリスは俺の耳に入れた。
皮と香水とビールの匂いが、俺の鼻腔をつついた。
俺たちは鼻と鼻がぶつかりそうな位置で、お互いの目を見合った。
ドン、ドン、と響く重低音が、自分の外から鳴っているのか内から鳴っているのか、俺には判断がつかなかった。
膝と膝がくっ付いていた。
唇がかすかにわなわなと震え、俺は湿った手を握り合わせた。
顔を、クリスの耳へと持って行った。
く、っと耳の穴に、唇を、くっ付けた。
そのまま、動かした。
「…………これないかも、しんない」
言い終え、顔を離すと、くるくる回る光を反射させた黒い瞳が、俺の瞳を映していた。
その夜、そのあと、どう過ごしたかは、覚えていない。
それから二度と、クリスには、会っていない。




おわり





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20160919

君さえいれば(カイ、タオ)
ふたりは幼なじみだった。
小学校2年生のとき、ジョンインの隣の家に、タオの一家が引っ越して来た。
タオの父親の仕事の都合で、中国から家族全員で、韓国の大きなマンションの1室に移住することになったのだった。
ジョンイン一家はその新築のマンションに住み始めたばかりで、隣の部屋にどんな人たちが入るのかいつも気になっていた。
大掛かりな引っ越し作業がある日始まり、朝開始された業者の出入りがようやく終わったのは夕方だった。
春の息吹が感じられ始める時期で、ジョンインは学校から帰宅したあと、おやつのレーズンの入ったドーナツを食べていた。
牛乳でそのぽろぽろと口の中を席巻する感触を流し落としながら、ジョンインはドアの向こうをどたどたと歩き去っていく男たちの大きな足音や会話を耳にし、興味津々だった。
おやつを食べ終えたら、母に連れられてバレエ教室に行く予定だった。
ジョンインはバレエに夢中になっていた。
だからそわそわと、おやつを食べることに関しても上の空だった。
しかも今日はお隣さんが越して来たのだ。
爪先立ちを繰り返すジョンインに、母親は何度も言い続けているたしなめをまた口にした。
口の周りにドーナツ付いてるよ、というおまけ付きで。
くるくると回るジョンインの背後で、ピンポーン、とチャイムが鳴った。
ぴた、と動きを止め、振り返るジョンインの横を、あ、来たかな、と呟きながら、母がすっとすり抜けた。
棒立ちになったジョンインは心臓がどきどきと鳴るのを感じていた。
彼はかなり人見知りの傾向があった。
どんな人だろう。
そう思っても、想像はまったくつかなかった。
ガチャ、と母が扉を開くと、彼女の予想通り、引っ越して来たばかりの家族の、母と息子が立っていた。
おっとりとした雰囲気の女性と、彼女にあまり似ていない、目鼻のくっきりした少年が、ジョンインの母に向かって、言った。
「こんにちは。はじめまして。今日、引っ越して来ました。よろしくお願いします」
こんにちは、だけに少年は声を被せた。
女性の韓国語はかなりのかたことで、これだけとりあえず頑張って練習したのだろう、とジョンインの母は察した。
「中国から来ました。この子はタオと言います」
そして女性は隣で自分の足に絡みつくように立つ、小さな男の子の背に手をやった。
「あら」
と母は漏らし、振り返って、ジョンイーン、と声を掛けた。
気になってしようがないが出て行く勇気もなかったジョンインは、壁の陰に隠れて母の後ろを覗き見ていた。
名を呼ばれ、全身をびくりとさせると、手をこまねいている母をじっと見つめ、そろそろと体を近くに寄せて行った。
俯きがちになりながら、初めて会う女性と、彼女と一緒の同い年くらいの少年に、ジョンインは上目で対した。
母が、
「こちらこそよろしくお願いします。この子は、ジョンインて言います。8歳です」
と、ゆっくりゆっくり、文節ごとに区切って話した。
にっこり笑った女性の顔は、ジョンインの固まった顔を多少和らげるほど甘く、母と自分を交互に見て、また息子の肩に手を置き、ぐっと力を込めて、口を開いた。
「この子も、8歳。よろしくね」
そのとき初めて、ジョンインとタオの目が合った。
ジョンインはタオを目がでっかいな、と思った。
それに色が黒い、と。
そこでジョンインは彼にほのかな親近感を覚えた。
対してタオは、唇が突き出てるな、という印象を持った。
なんでかたまに爪先立ちしてる。
変なやつだな、と思いながらも、日に焼けたような肌には好感を持った。
お互いがお互いを地黒であるということで、少し好意的に解釈していることなど、このときの彼らには知るよしもなかった。
そうして、出会った。


新学期から、ジョンインと同じ小学校に、タオの両親は問答無用で彼を入れた。
長いことこの地に住むことになると分かっていたため、言葉を早く覚えて欲しいとの考えから、まだほとんど韓国語の話せないタオを、なんの変哲もない普通の小学校に彼の親は入学させた。
タオは気の弱い少年だった。
泣きそうになりながらたどたどしく自己紹介をし、実際そのあとすぐ泣き出して、クラスの皆を困惑させた。
担任は現実問題、どうしたものかと思案した。
ジョンインと家が隣同士だという情報から、ジョンインのクラスにタオは組み込まれていた。
春休みの間、ジョンインはもうすっかりタオと仲良くなっていた。
マンション内に同い年くらいの子はおらず、近所に他に遊び相手がいなかったということで、ジョンインはタオと遊べるのが楽しくてしかたがなかった。
言葉は通じずとも、だいたい身振り手振りで言わんとすることは伝わるものだった。
それに少しずつ、ジョンインはタオに韓国語を教えた。
ヘレン・ケラーに教えるサリヴァン先生のように、公園で水を飲みながら、これは水というのだとしたり顔でジョンインは言った。
とうとう入学するその日になり、顔を涙と鼻水で濡らすタオをジョンインは席に着いて見つめながら、こいつは俺がなんとかしなきゃならない、という、生まれて初めての保護欲で彼の中を満たしていた。
それからジョンインはタオにずっとついていた。
同時通訳よろしく、周りの人間はジョンインを介してタオと話した。
担任すら同じようにした。
なんとか心を開かせたいと彼女も願っていたのだが、なかなか簡単にタオの心は掴めなかった。
ジョンインの陰に寄り添うように、タオは小学校の低学年から中学年を過ごした。
その間、どんどん韓国語を習得し、タオはジョンインの助けがなくとも、ひとりで学校生活を謳歌できるようになった。
いつの間にかそこまで泣かないようにもなっていた。
心のどこかで寂しさを覚えながらも、ジョンインはここまでタオを支えてきたのは自分だという自負で、ひとり誇りに胸震わせた。
変わらず放課後ふたりで遊んだ。
互いの家のどちらかでゲームをしたりテレビを見たり、外で走り回ったりしながら、ジョンインとタオは幸福であった。


ある頃からタオは中国拳法を習うようになった。
タオの親がもともと彼に習わせるつもりだったので、こちらで近くの教室を探し、週2で母親がそこまでタオを連れて行った。
ジョンインもバレエを続けており、運のいいことにジョンインとタオの習い事の日は重なっていた。ジョンインは週1日だけだったが。
バレエ、飼い始めた犬、タオと遊ぶこと。
これがジョンインの世界ほとんどすべてだった。
タオはもともと、母に似たぷっくりした体型だったが、拳法を習うにつれだんだんと体が引き締まって行った。
小学校を卒業し、中学校に上がった時分から、ふたりは筍のように背が伸び始めた。
それまで特段背の高い方ではなかったふたりは、しかしあっという間に他の生徒たちを抜き、3年になる頃には頭ひとつ分抜きん出ていた。
それでもまだ伸びていた。
母たちは顔を突き合わせてため息をついた。
なんでも丈が足りないのだった。
ふたりとも手足が長かったので、シャツもパンツも、既製品が大抵はつんつるてんになってしまった。
どんどん美意識の強くなったタオは、ジョンインにふてくされた顔でよく言った。
「かっこよく服が着れない」
タオは常に袖を引っ張っていた。
そこまで服に頓着のないジョンインは、そんなこと気にするのか、と思いながら、
「そのうち着れるだろ」
と慰めるようにその都度言った。
「今、着たいんだよ」
毎回こう、タオは返した。
ジョンインは常に発する言葉を失い、タオの頭をぽんぽん、と叩いて終わった。


高校も同じところに進学した。
勉強のレベルはふたりともさほど差がなかった。
そしてそこでまだ背を伸ばしながら、ふたりは女子からの歓迎に出迎えられた。
中学校の終わりからその気配はあったが、とうとうそれが爆発した。
同級生にとどまらず、あらゆる女子からアプローチを受け、ジョンインとタオは戸惑った。
もちろんそういうことに多大なる興味のある年頃で、あっという間に双方に彼女ができ、あっという間に童貞を喪失した。
タオは華やかな顔立ちをアクセサリーや髪型で一層引き立てていた。
目立たぬということができぬ容貌を既に備え、学校中の者が彼を知っていた。
彼と一緒にいるジョンインも、地味ではあったがスタイルはタオと同じく抜群であるし、ちょっとぼんやりしている印象が逆に女子に訴えた。
彼女ができても、女子からの人気は衰えず、特にタオはころころと相手が変わった。
「ちょっと、控えろよ」
そうジョンインがたしなめるほどだった。
フルーツ牛乳のパックのストローを咥えながら、タオは答えた。
「だってー」
相変わらず話し方が独特だった。
中国語を家では話すせいか、おかしなところで伸ばしたり縮めたりして言葉を発した。
そんなタオといるとジョンインは無条件に心が和んだ。
彼女といるより本当は、タオといる方が楽しかった。


バレエの発表会や拳法の大会に、ジョンインとタオはお互い顔を出した。
それは小学生の頃から続いていた。
ジョンインがステージに立てば、タオは両手を組み合わせて祈るようにして彼を注視し、タオが試合に出れば、普段おとなしいとも言えるジョンインが、声を限りに応援した。
高校に入ってもその習慣は繰り返され、洗練されていくジョンインと、強くなっていくタオは、そういう彼らの特技を互いに胸の内で自慢に思っていた。
こんなに俺のジョンイン(タオ)はすごいんだ、とどちらもが考えていた。
それをふたりはなんとなく気付いていた。
口に出しては伝えなかったが、すべてが終わったあと、顔から緊張をいっきに解き、満面の笑顔になっているのを見るだけで、双方は満足だった。


2年の半ばを過ぎたとき、どちらもやはり彼女がおり、その日これから彼女とそれぞれ一緒に帰らなければならない放課後となっていた。
ジョンインはがらんとした教室で、席に座って机に頬をくっ付け、イヤホンで音楽を聴いていた。
面倒臭いな、と思っていた。
立ち上がるのが億劫だった。
開いたままの入り口のところに、タオが立っているのが横になった目に映った。
その体勢のまま、口を動かし
「タオ」
と小さく、ジョンインは言った。
聞こえるはずもない声量だった。
タオはぶらぶらジョンインに近寄ってきた。
ジョンインの前の席に足を開き、腰を下ろした。
椅子の背を両手で掴んで、
「帰んないの」
とジョンインに尋ねた。
顔を起こし、音楽を止めイヤホンを抜き、頬杖をついたジョンインは、すぐ近くにあるタオの顔に目をやり、
「お前こそ」
と不機嫌そうに言い返した。
「帰るよ」
と、反抗的にタオは応じた。
「何怒ってんだよ」
「そっちがでしょ」
そっぽを向いたふたりは貧乏揺すりをしたり、爪を噛んだりしながら黙った。
「何聴いてんの」
おもむろにタオはイヤホンを手に取った。
教室の中は窓から入り込む夕焼けの色に染め上げられていた。
日が短くなったな、とジョンインは思いながら丸い玉をいじくるタオに目を向けた。
「アッシャー」
「ふーん」
そう言ってタオは勝手に片耳にイヤホンを入れた。
そしてプレイを押し、聴こえてくる音楽に耳を潜めた。
頬杖をついたまま、オレンジ色になったタオを、ジョンインは黙して見つめた。
耳から顎のラインが、白く浮いたように柔らかく光っていた。
ピアスは繊細にその身に光を貯めている。
ジョンインは突如目に映る男がまったく見知らぬ者であるようなおかしな感覚に捉われ、目をぱちぱちと瞬いた。
「いいね、これ」
とタオが呟いた。
そうしてジョンインの目をその猫のような双眼で射った。
窓を反射させて輝く大きな瞳は、ジョンインから数秒の間言葉を奪った。
んん、と咳払いをし、ジョンインは口を開けた。
「うん、いいよ」
タオがもう一方のイヤホンを、ジョンインに向けて垂らした。
それを受け取り、ジョンインは何も言わずにその膨らんだ先を耳の奥に押し込んだ。
耳慣れた、大好きな音楽がその脳を満たしていく。
再びジョンインは、窓の外の、グラデーションを大掛かりに展開させる空を眺めて、体を机に突っ伏した。
頭の上では、タオがリズムに乗ってかすかに体を揺らしている。
このまま時間が止まればいい。
ジョンインは心からそう、願った。





おわり





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20160920

フェアリーテイル(シウミン、レイ)
彼女いるの?と尋ねると、彼は少しためらったあと、はい、と消え入るような声で答えた。
どんな人?と俺は続けた。
こんなふうに人に根掘り葉掘りものを聞くのは、俺にしては珍しいことだった。
「………すごく、明るくて、元気で、楽しくて、優しい、人です」
ぽつり、ぽつり、と、内容とまるで沿わないような話し方でチャンくんは言った。
だが確かに、彼の表情がそれまでよりほのかに柔らかくなり、唇の横にかすかなくぼみさえ浮かんでいるのが俺の目にとまった。
初めて、それを見た。
「…………素敵な、人なんだね」
喉の奥が絡んだような声で、俺はそう言った。
手に持った熱い缶コーヒーが、少しずつ冷えていくのを感じていた。
するとチャンくんは俺の目をきっちり捉え(そんなことは稀だった)、にっこりと微笑んだ。
今度はくっきりえくぼができた。
俺は目尻の流れと頬のつんとしたへこみを見たまま、しばらくの間黙っていた。


工事現場の仕事は過酷だ。
特に夜の現場は。
俺はもうだいぶ長いことこの仕事を続けていた。
体を動かすということが得意で、力の強い俺は、この仕事がかなり気に入っていた。
このままずっとこうしているかは分からないが、とりあえず今の生活に不満があるわけではなかった。
もともと本当は計画性のあるタイプだが、大学進学後の進路に迷い、そうこうしているうちになんとなく始めたこの仕事にはまっていた。
工事のノウハウは興味深かった。
真剣に技術に関する知識を勉強してもいいかもしれないとさえ、最近の俺は思っていた。
バイトの若者はひっきりなしに入って来た。
その中のひとりがチャンくんだった。
中国人留学生で、大学に通いながらこのバイトを週4でやっていた。
他にもちらほら何か仕事をしているらしい。
長く続く大学生は少なく、そんな稀有な若人のチャンくんは、もうすっかり皆の仲間のようになっていた。
彼は口数が少なく、おそらくかなり言葉は堪能なのだが、あまり会話の輪に入って来なかった。
だがときどき、話が聞こえたのかひとり笑っているのを見かけることがあり、単に気難しいわけではないということを、なんとなく全員が感じていた。
それにチャンくんはヘルメットを脱ぐと、とても綺麗な顔をしていた。
若干眠そうな目ではあったが、とにかく優しそうであるし、甘い表情を常にしているような顔立ちだった。
作業着を脱いだときの体も美しく、おっさんたちに混じると特におかしな感じだった。
時折からかわれ、
「イーシンだったら俺抱けるよ」
と恥知らずな親父が言った。
俺が笑いながらそれとなくたしなめると、チャンくんはいっとき意味が分からないというような、ぽかんとした表情を浮かべ、すぐに胸まで真っ赤にし、俯き急いで私服を身に付けた。
わははははは、という下品な笑いがそこに響いたが、俺は決して笑えなかった。
鎖骨の線を赤く染めた、睫毛を伏せた彼のようすは、見たことのない何かだった。


そんなとき、休憩時間に恋人の有無を聞き、俺は意外だなという感想を持った。
チャンくんは非常にうぶな印象だった。
童貞かもとすら思っていた。
だが確かにあんなにかっこいいのだから、何も不思議なことはないのだと、俺は考えを改めた。
それに聞いた彼女のイメージは、ひどく積極的な女性だった。
彼に迫り、籠絡させたのかあと、俺は自室のベッドに仰向けになって腕組みを枕にしながら考えた。
なぜだかよく、俺はチャンくんのことを思い出した。
繊細で生きにくそうな雰囲気とその容貌がセットになって、俺の中で特殊な位置を占めるようにいつの間にかなっていた。
なんと言うか、気にかかった。
何か変な目にあっていないだろうか、授業はきちんと出られているのだろうか、体調悪いのにひとりでいるんじゃないだろうか、彼女と喧嘩していないだろうか、と、実際会うと聞きもしない心配や懸念を俺はひとりで抱えた。
深刻に思い悩んだわけではなかった。
ただ頭の奥の方に、いつもむき出しの肩を晒して肌を赤くした、向こうを向いたチャンくんが住んでいるようだった。
だから現場で顔を合わせ、俺が可能な限りの笑顔で彼を向き、チャンくんがつられて少し微笑み、あの忘れがたい頬の印を見せてくれると、俺は心底ほっとしたものだった。
なんなんだろうな、俺はと思った。
けれどその感覚はいやではなかった。


休憩中に、チャンくんが携帯で電話をしていた。
そういうことは珍しく、俺はその後ろ姿を缶コーヒーを飲みながらじっと見守っていた。
うん、うん、と頷きながら、たまに軽く笑って、聞いたことのないような声音で話すチャンくんは、知らない人物のようだった。
話し終えてこちらを向いたチャンくんに、俺はおごりの缶コーヒーを手渡しながら、
「彼女?」
と尋ねた。口の端を上げて。
ぱっと赤面し、
「あ、すみません」
と手を伸ばしたチャンくんは、缶を受け取り損ねて、自分の作業着と床にコーヒーを撒いた。
あー、と漏らした俺は、ごめんと謝りながら、熱くなかったかを慌てて問うた。
幸い彼の体にはほとんどかかっていないようだった。
「大丈夫、全然大丈夫です。ちょっと拭くもの持ってきます」
そう言うとチャンくんは、謝罪を口にしながら自分の鞄の置いてある方に走って行った。
湯気が軽く立ち上る中、椅子に置いて行った携帯から、かすかに音が漏れているのに俺は気付いた。
人の声らしかった。
彼女か、と思い、俺は戻って来ないチャンくんの行き先を見つめながら、その携帯を手に取った。
耳に恐る恐る近付けると、男の、声がした。
「おい!なんだ今の音ー。だいじょぶかー。切れてねーぞ!電話!」
続々と、ハスキーだが通りのよい声が、携帯の中から流れ出た。
俺は耳から携帯を離し、液晶を見つめた。
登録された名前は、女のそれではなかった。
ばたばたばた、と音がして、チャンくんが戻って来た。
俺はわずかに、気の抜けたような顔をしていたと思う。
だがくるくると滑りよく脳内は回っていた。
見られぬよう終話ボタンを押し、そっと横に携帯を置いた。
「すみません」
もう一度謝りながら、こぼれた茶色い液体に使い古したタオルを被せた。
「…………コンクリートだし、あんま気にしなくていいよ」
歯の先だけで喋るように、俺は言葉をチャンくんに掛けた。
そうでしょうか、と体を起こしたチャンくんは、せっかく買ってくれたのに、と言い、俺を見つめて頭を下げた。
「………気にすんなって。……また、買うよ」
チャンくんの眉間の皺を見上げながら、俺は今までのことがフラッシュバックを繰り返していた。
その中にはいつも俺の脳みそにいる、チャンくんの分身の姿があった。
肌理の細かい肌に色を付け、目を伏せて恋人といる彼だった。
これまで彼の相手は、女性だった。
しかし、今。
「…………キム先輩?」
俺の顔を注視しながら、首をかすかに横に傾け、チャンくんは俺を呼んだ。
俺はチャンくんがそうなっている姿を、俺自身の角度で、今は見ていた。
その体の色を、頬のえくぼを、まるで自分のもののように、眺めているのだった。




おわり





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20160921

天気雨を待って(スホ、D.O.)
客が今日も、続々とやって来る。
食器やなんかを拭いたり、こまごまとした雑事を片付けながら、俺は店内をたびたび見回していた。
そろそろシフト交代の時間だった。
時計をちらちら見てしまうのを、やめようと思ってもなかなかそうはできなかった。
なんとなく仕事にも身が入らない感じになってしまい、俺は自分を叱咤した。
気配で、分かる。
その抑えた足音の印象が、俺の芯の何かを揺する。
奥のドアから制服と制帽を身に付けた、ドくんが姿を現した。
「お疲れさまです、店長」
俺に向かって白目の中で黒目をスライドさせ、彼は口元に淡い笑みを含んでそう言った。
「あ、うん。今日もよろしく」
そんなことしか言えなかった。
顔にいやらしい笑みを作ってしまっているのではないかと、内心俺はひやひやした。
「はい」
にっこりと俺に笑いかけ、ドくんはいらっしゃいませー、と言いながら店内に出て行った。
その声の余韻を味わいながら、俺は彼の、髪のきっちり揃ったうなじを見ていた。


ファミリーレストランの雇われ店長になって、もう2年ほど経つだろうか。
そしてドくんがこの店の配属になって確か1年ほどになる。
彼はアルバイトでなく社員だった。
しかも、とても優秀な。
調理師免許も持っていた。
初めて顔を合わせたときから、彼が来てくれてよかったと俺は胸を撫で下ろした。
そうすぐ感じるほど、彼はよく気が付き、礼儀正しく、好感が持て、何をするにも早かった。
同僚として得難い存在だとしみじみ感じ入ると同時に、俺は何年ぶりかの恋に落ちた。
そう、ドくんに。
男、なのに。
そういう趣味は、これまでなかった。
好きになるのは女性ばかりで、なかなかうまくはいかなかったが、交際をしたことも、そういう行為をしたことも、あった。
自分自身を疑った。
何かの間違いだ、と、ドくんが来るたび高鳴る鼓動を、深呼吸をして落ち着かせようと試みた。
しかし、無駄だった。
必ず胸はどくどくと音を立て、掌に汗をかいて、俺は持っていた伝票などを湿らせた。
どうしたんだろう。
彼の何が、そうさせるのか。
自分より少しだけ下の目線を受け、話しながら、俺はあらゆることを考えた。
顔?体型?声?性格?
確かにどれも好きだった。
彼にすごく頼っていたし、一緒に働くと気持ちがよかった。
でも、そういうことではないようだった。
たとえば彼がうつむいたときにできる首の皺とか。
考えごとをしているらしいときの黒目をゆっくり泳がせるさまとか。
散髪に行ってきたての襟足とか。
そういうものが俺の心臓のどこかに直接働きかけ、息をとてもしづらくさせた。
たまに行われる飲み会の類に参加し、彼もいると、嬉しい反面やたら緊張しひどく疲れた。
それに、ドくんを狙うバイトの子はたくさんいた。
入れ替わり立ち替わり入って来る多くの女の子たちは、皆一様にドくんに迫った。あらゆる方法で。
だが彼はなびくことはないようだった。
俺は心からほっとし、そんなふうに思うことの羞恥で自己嫌悪に陥った。
そんなこんなで、昔少しやっていた悪癖を復活させてしまっていた。
よく、飲み会を中座して、煙草を吸った。
喫煙ができる場だとしても、俺は人前で煙草を吸うことはなかった。
外に出てか、喫煙所で必ず吸った。
そうしているとき、ドくんが店の外まで俺を探しに来たことがあった。
俺を見たドくんは、少しだけ目を丸くして、
「煙草、吸うんですね」
と言った。
携帯灰皿に煙草を押し付け、煙を手で振り払いながら、近寄って来るドくんから目を逸らした。
「ああ、うん。少しね」
と、言い訳じみたようすで俺は答えた。
「そうなんですか」
「きみは吸わないだろう?」
一緒に店内に戻りながら尋ねてみた。
「ええ」
俺を黒い天然石のような目で見上げ、片側の頬で笑った。
「でも、吸いたくなるような気持ちになるときもありますよ、そういうものを」
その暗い色の付いた丸から目を離せなくなりながら、痛いくらいに心臓が鳴っていた。


そんな生活を送っているので、もちろん恋人などできるはずもなく、俺は自分の性的な処理をすべて自身で行うわけだった。
たいていの男と一緒で、そういうサイトでそういうものを見、みずからを慰めるのだが、ドくんへの恋心を自覚したあたりから、無意識の内に映像の中の女性を彼へと置き換えてしまう自分がいた。
ひぃー、と思った。終わってから。
ここまで来たか、俺も。
俺の目にはあられもない体勢であられもない表情をするドくんが鮮やかに浮かんでいた。
彼の突き出た唇の味や触れた肌の柔らかさを、実際感じたようだった。
毎回済むと、泣きたくなった。
実際たまに、少し泣いたりした。
情けなくて哀しくて、涙が勝手に溢れて来た。
こんな不毛なことはやめたい、と神に祈るように俺は思った。
そして次の日、本物のドくんと会い、俺は改めて体じゅう電気が走ったようになるのだった。


雨の日だった。
その日は開店前からきっと客足は遠いだろうという予感が皆の中に流れ、ふわふわとした雰囲気があった。
これはよくないな、と思ったが、疲れも溜まっていたために、俺は何も言わずに店内のチェックを行っていた。
朝からのシフトだったドくんが、そんな俺のところに来た。
足の裏が床に着き、その音が大きくなっていくだけで、俺の心音も連動した。
だが何も感じていないふうを装い、俺は彼が何か言うのを待っていた。
「空は明るいですけど、雨、強いですね」
と、彼の肺のあたりから豊かに流れ出るようなその声が、俺の耳の奥を震わせた。
そらはあかるいですけど あめ つよいですね
歌のように、言葉は俺の中を通って行った。
俺はそうだねえ、と言いながら、店内を一周して店の奥の従業員の部屋へと向かった。
それにドくんは付いて来た。
おそらくすることがなく、手持ち無沙汰なのだろう、と俺は予想した。
俺の寿命が縮むから勘弁してほしい、と思いながらも、代わりの効かぬ圧倒的な喜びに、全身が包まれているのが分かった。
控えの部屋の窓からも、明るい光と雨の降るさまは目に入って来た。
音がすべてボリウムを下げたようだった。
ぼんやり外を眺めていると、ドアを閉めて隣にドくんが立った気配がした。
すぐ、隣に。
俺はうるさく自分の中から轟く音を、意識しないよう努力しながら、なんだろう?と訝しんだ。
そろそろと顔を向けると、また、あの目がすぐそこにあった。
かなりびっくりした俺は、少し上半身を後ろに倒した。
「な、なに?」
と上擦った声で、俺は問うた。
「店長」
彼の声は常に俺を魅了した。
どんなときも、どんな言葉も。
こんな瞬間であっても、俺は見苦しいほどうろたえながら、その声をずっと聴いていたいと頭のどこかで願っていた。
「いい加減ですね」
「はい?」
何かに関して怒られるのかと、思った。
と、下で揺らいでいた俺の手を、誰かが取った。
見下ろすと、ドくんの手だった。
彼の手と顔に目を行ったり来たりさせていると、彼の唇も動いた。
「もう、言ったらいいんじゃないですか」
そう言って、ドくんは俺の人差し指と中指をく、と掴んだ。
何が起きているのかさっぱり分からず、俺は口をぱくぱくさせて汗をかいていた。
指から伝わるその感触と熱が、俺の体を痺れさせた。
「な、に、を」
1文字1文字区切って発した俺の言葉に、ドくんは思わずといった表情で笑みを零した。
俺はもう胸がざわざわして、脚の間がやばいことになり始めていた。
「俺のことが、好きでしょう?」
ぼっ。
分かった。
俺は自分の顔に火が付いた。
今まで多くの、そういう瞬間があったが、それはたいてい恥をかいた場合だった。
しかし、これは、そうではなかった。
人にいちばん知られたくない秘密を、しかもいちばん知られたくない相手に知られてしまったことに対する反射だった。
それに、そこには信じられないことに、期待をしている自分が、混じっていた。
だって、指が。
笑顔が。
「そうでしょう?」
きらきらと目を光らせてそう問い掛けてくるドくんは、ちょっと意地悪そうでもあって、それが俺をより興奮させ、焦らせた。
「え、あ」
ロボットのように音しか発せない俺は、絡んだ指まで湿らせて、心持ち後ずさった。
「違います?」
後退した俺をドくんは追った。
つまり体が密着した。
ひい、とまた、俺は思った。
パンツの下を心配し、俺は体をねじった。
「店長」
もう駄目だ、と思った。
セクハラで訴えられたり、店を辞められたりするかもしれない、と俺は案じた。
でもこんなふうにドくんに来られて、嘘などつけるはずもなかった。
このあとたとえ、冗談ですよと笑われ、貶められても、溜まりに溜まった思いはもう決壊寸前だったのだ。
「そう、だよ」
言った。
言っちまった。
俺は血の巡りの音を聞いた。
ドくんを見ることはできなかった。
ああ、もう、店が開く。
「そうですよね」
声がまるで遠くからのように俺に届いた。
そして指だけしか絡んでいなかった手が、俺の手全体を包むようにした。
ちら、と彼の方を見た。
変わらずふたつの白の中に浮かぶ黒が、俺を捉えて離さなかった。
片側の唇が、上がっていた。
「俺も店長、好きですよ」
はてなが浮かんだ。
大きな大きなクエスチョンマーク。
確かにまったく期待しないではなかった。
だがそれは人間の安全弁みたいなもので、本気でそう願ったわけではなかったのだ。
聞こえた言葉の意味を測りかね、俺は「え?」と聞き返した。
「だから」
また、ドくんは間をなくした。
指の間に指が入り込む。
俺は、白昼夢を見ているのだろうか。
息が、頬にかかった。
「店長が、好きって、言ったんです」
彼の瞳に俺の顔が映っていた。
その顔はとても間が抜けていて、俺はがっくりきてしまう。
だが、そんなこと。
ドくんが俺の体に手を回し、ぎゅっと抱きついて来た日には、もうどうでもよくなって当然だった。


後日、彼に、なんでいい加減、なんて言ったのかと尋ねたら、だってもう、待ちくたびれてと彼は答えた。
君から言うことだって、できただろう、と再び顔を染めて俺が返すと、部下から迫るのって、リスキーでしょ、とこともなげに恋人は言った。
部下に手を出すのだって、そうだよ、と俺が言うと、そうだね、と言って笑った。




おわり







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20160922

聖夜に(ルハン、チェン)
最初会ったときから、結構好みだな、とルハンは思っていた。
中国語教室にやって来るサラリーマンは割と多かった。
ここ数年、如実に生徒が増えてきている、と主催者側は実感していた。
政治情勢などでも変動はあるが、昔よりずっと、隣国との距離が縮まっている証だった。
仕事の関係で中国語が必要になった会社員のひとりが、キム・ジョンデだった。
初対面から、ジョンデはにこにことルハンに向かった。
まず、声がルハンの気に入った。
太い首の、出っ張った喉仏から、豊かで清い声があたりに染み込むように響いた。
ルハンは声にはうるさかった。
本当はそれ以外にもうるさかったが。
嫌いな声の男には恋などできないと思っていた。
つまり、好きな声の男には、恋をしてしまう可能性が高かった。
グレーのスーツを着て、黒縁の眼鏡を掛けたジョンデは、見るからにお硬かったが、逆にそういうタイプにルハンはぐっとくるところがあった。
自分自身は髪も染め、ピアスをし、見るからに遊んでそうな風貌だったが、相手には同じようなルックスをまったく求めていなかった。
仕事中は一応多少おとなしげな格好をしていたが、自分の表情や話し方や声のトーンが、漏れ出てしまう華やかさを振りまいていることを、ルハンは深く自覚していた。
それに引き寄せられる女や、もしくは男は、たいていルハンのお眼鏡にはかなわなかった。
ルハンは自分に自信があった。
その分おいそれと、きちんとした恋人を作ったりなどしなかった。
自分を捧げるのは、それだけの価値のある人間でないと嫌だ、と思っていた。
そういう理由から、だいぶ長いこと、ルハンは独り身だった。
もちろんデートや、セックスはした。
だがそれはそれだけのことだった。
肋骨の中に隠された、どくどくと脈打つ内臓のひとつを焦がすような何かを、ルハンはずっと待っていた。
そして、それはやってきた。唐突に。


ジョンデが教室に来る日は、ルハンは朝からそわそわした。
髪のセットや服装のチェックや香水の加減など、すべてが気になってしかたなかった。
どうしたら落とせるだろう、と、毎日思う事柄をまた、ルハンは鏡を覗き込みながら、考えた。
秋から冬に変わろうとしてた。
ジョンデが通い始めて数ヶ月が経ち、ふたりはすっかり仲良くなっていた。
この教室ではマンツーマンの授業体制を敷いており、授業中の邪魔者はいなかった。
ルハンはジョンデに、変に思われない程度に近くに寄り、基礎から中国語を教え込んだ。
耳がいいのか、ジョンデは飲み込みが大変よかった。
たどたどしくだが、彼が中国語を話すと、ルハンの心は勝手にうずうずと動いた。
今すぐキスして、抱き締めて、あれして、これして、と、一瞬にして妄想が頭を駆け巡った。
ジョンデは歌うように話すのだった。
喉を震わせて漏らす笑い声も、ルハンをたびたびぽうっとさせた。
それとともに見える、より上がった口の端の切れ込みも、柔らかそうな舌も。
眼鏡の上の眉毛は面白いほどに垂れ、逆に眼鏡の奥の目は、きっと細く上を向いた。
しっかりアイロンの当てられたシャツの首回りや袖を見て、これは自分でやったのか、そういう業者に出しているのか、それとも家族がしているのか、……もしや彼女がしているのか、とルハンは気もそぞろになった。
いきなりがっついては駄目だ、と自分を戒めて、ゆっくりルハンは、ジョンデから情報を引き出した。
結婚はしていない。
ひとり暮らし。
貿易会社勤務で、その会社の持っているマンションに住んでいる。
趣味は映画観賞。
得意料理は自己流鍋。
彼女はいない。
アイロンは自分でかけている。
最後あたりをようやくある日聞けたルハンは、笑みが溢れてくるのを抑えられず、その顔を向け頬杖をついて、ジョンデに「そうなんだ!」と嬉しそうに言った。
きょとんとしたジョンデは、なんですか、と困ったように笑った。
「先生はもちろんいるんでしょう?そんなにかっこいいんだから」
もう授業は終わりの時間だった。
じっと目を見つめてそう言うジョンデを見返し、顔が緩んだ上赤らみそうになったルハンは、照れて横を向いて返した。
「そんなことないよ。誰もいない」
かっこいい、とジョンデに言われ、ルハンは喜びで胸がはちきれそうになっていた。
今日の格好、忘れないでおこう、と思ったそのとき、ジョンデの声がした。
「彼女、欲しいですよー。夏に別れてからできなくて。先生誰か、いい子いないですか?」
立って教材を鞄に詰めながら、ジョンデは笑っていた。
ルハンは感じた。
望み薄だ、ということを。
「………どうだろなー。俺、あんま女の子の知り合い多くないからさー」
またまたー、というジョンデの言葉を聞きながら、ほんとだよ、馬鹿野郎、と心の中で呟きながら、ルハンは顔を背けたまま、いつものように笑みだけは広げていた。


まったくその気のない相手に片思いをするのは、ルハンとしては本当は不本意だった。
だがなかなか好きな人ができることのない彼にとって、ジョンデの存在は稀有だった。
どうやったら落とせるだろうという問題は、解決することがないように思えたが、それでもルハンは簡単には諦められなかった。
毎週やって来るジョンデに対して、どんどん気持ちは強くなった。
自分でも、締まりのない笑顔になっていることを、ルハンはよく分かっていた。
たくさんの人間が、その顔で骨抜きにされるのだったが、意図せずやるのはジョンデの前だけだった。
一度ジョンデはそんなルハンをじっくり見ながら、中国語で、
「先生は、とても、可愛いですね」
と言った。
ルハンは焦った。
予想もしていなかった展開で、反射で首から上を赤くした。
辛いものでも食べたかのようになったルハンに、ジョンデは少し驚いた顔をして、
「やっぱり、可愛い」
と、また、中国で言い、にかっと笑った。
ルハンは手で顔を覆いながら、もしや気持ちを気付かれていて、からかわれているのではないかという疑念が湧いた。
ジョンデがそんな性格ではないということは分かっていたが、それでもルハンは、こんなふうな醜態といってもいい姿を晒すのには慣れていなかった。
しかし、夜眠る前や、シャワーを浴びながら、耳の中で反響した、可愛い、というジョンデの声を、ルハンはそっと、何度も何度も思い返した。


クリスマスが近付いていた。
家族と過ごすというわけでもないルハンは、特に予定は入っていなかった。
もちろん、誰かと過ごせればそれがいちばんよかったが、誰かというのは誰なんだという話だった。
クリスマス前最後の、ジョンデのレッスンの日になった。
ルハンは心を決めていた。
クリスマスに、ご飯でもどうかと誘おうと。
自分に彼が、ほんの少しでも気があると思っているわけではなかった。
だが、食事くらい。
もしかしたら、OKしてくれるかもしれない。
もしできたらその前に、映画を見られたらいい、と思い、店を予約し、チケットを買っていた。
中学生のような心持ちになりながら、ルハンは部屋でジョンデを待った。
どうやら今年は、早く雪が降り始めたらしい。
窓を見つめていたルハンは、その外で、白いぼわぼわしたものが上から落ちてきて、それが街頭に照らされているのに気付いた。
するとドアが開き、ジョンデが入って来た。
いつものダークグレーのコートの肩に、ぱらぱらと雪が乗っていた。
「降ってきましたよ」
とジョンデはルハンに教えた。
「そうみたいだね」
見惚れるように窓の中を眺めていたルハンは、座ったままジョンデを見上げた。
なんだか夢見心地だった。
コートを脱いでハンガーに掛け、ジョンデは向かいに腰を下ろした。
「……もうすぐ、クリスマスだね」
口をついて、そんな言葉が出てしまった。
我に返ったルハンが、ジョンデの顔に目を移すと、ほのかに訝しげな表情を浮かべ、そうですね、と彼は答えた。
「いや、ただ、それだけなんだけど」
動悸がしてきて、ルハンは教科書を手に取った。
こんなんじゃ、誘ったりなんかできそうもない。
ルハンは唇を軽く噛んだ。
まるでガキだ。
「先生」
「ん?」
目を上げると、先程と同様にジョンデがルハンを見つめていた。
「クリスマス、どうするんですか?」
ジョンデの後ろの窓の向こうは、もう、たくさんの雪で暗い夜を照らしていた。
「……クリスマス?」
「はい」
「…予定ってこと?」
「はい」
なんの表情も浮かべず、ジョンデは淡々と繰り返した。
速まっていた心拍は、更にルハンの中でスピードを上げた。
言え。
誘うんだ。
「………特に、ないんだよ」
そのあとが、続かなかった。
目の前のジョンデの顔に、ほんの1ミリでも、疑惑や嫌悪のようなものが含まれてしまったら。
そう思うと腰が引けた。
なんて情けないのだろう、とルハンは項垂れそうになった。
「もしよかったら、映画でも見に行きません?」
自分の希望が、ジョンデの声という幻聴になったのかと、思った。
しかし、違った。
目をまた向けると、ジョンデはやはり表情を変えず、ルハンの視線を受け止めるだけだった。
そして言葉を続けた。
「それで、そのあと、ご飯でもどうですか?」
瞳の上にゆらゆらと水分が張っているのを、ルハンは感じた。
どうしたんだろう?
どうなっているのだろう?
確かにジョンデの口から、ジョンデの声で、クリスマスの誘いが聞こえる。
「………イヴにって、こと?」
ルハンは教科書の端を指先でいじりながら、ジョンデを瞬きしつつ見た。
「はい」
「…………俺と?」
「はい」
眉の間を額に近づけ、ジョンデは言った。
「……俺とじゃ、いやですかね」
もう少しで、ルハンは叫び出すところだった。
いやなわけ、あるか。
だが実際は、穏やかに、おかしくない程度に喜びを込めて、応じた。
「ううん。…いいよ」
泣きそうだった。
駄目だ駄目だと、ルハンは自分の希望的観測の打ち消しを必死に頭で行った。
ぱあ、と笑ったジョンデは、
「ほんとうですか?やったあ」
と言った。
これって。
これって。
これって。
しんしんと雪が降り続ける中、ルハンの心には春が訪れたようだった。
落ち着け。
大した意味なんか、きっとないんだ。
何度もそう、自分に繰り返しながら、ルハンは授業を始めた。
これが終わったら、実はチケットもらったんだ、と切り出そう。
それで、美味しい店も知ってるんだけど、と言おう。
中国語を美しく発音しながら、ルハンは目前の恋する相手とその背後を見つめ、ホワイトクリスマスになったらいい、と願った。




おわり





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20160924

準備は万端(セフン、シウミン)
お前さ、もう少し態度気を付けろよ。
そう、ミンソク先輩はベッドの上から起き上がって、パンツを履こうとしながら言った。
煙草に伸ばしかけた手を俺は一瞬止めたが、それはほんとうに一瞬で、すぐベッド脇に置いた煙草を掴み、態度?と聞き返した。
ぼ、とライターの先に火が灯るのを先輩は振り返って目に映した。
「会社でだよ。ばれんだろ」
いらだちを含んだ声でそう告げると、どんどんとさっき脱ぎ捨てた服を身に付けていった。
脱ぐときはあんなだったくせに。
俺は煙草と唇の間から煙をたなびかせながら、筋肉の盛り上がった、その決して大きくはない背中を焦がさんばかりの視線で指した。
すでにシャツで隠された白い背中を見通すように、俺は黙ってそうしていた。
先輩が服を着ている姿を見ると、無条件ですぐさま剥ぎ取りたくなった。
びりびりに破いてもう、二度と着られなくさせたい、と思った。
実際そこまではしなかったが、脱がせるときにボタンが飛んだことはあった。
初めてこう、なったときのことだ。
がむしゃらで、無我夢中で、先輩の口を大口を開けて吸いながら、ワイシャツを脱がそうと試み、へそあたりに手が触れ、たまらなくなってボタンのはまったまま上から脱がしたためだった。
逃してたまるか、と思っていた。
触れた肌は想像よりもなめらかで、俺は立っていられず先輩をベッドに倒した。
こんなの反則だ、と俺は内心舌打ちをした。
過去に抱いたどの女よりもきめの細かい、色のない肌だった。
それを先輩にのちのち言うと、お前もだよ、と言って笑った。
笑った顔が、なにか俺にはいつもいじらしいものとして映った。
お互いに男とするのが初めてで、最後までうまくはできなかった。
だがそれでもよかった。
俺は何度もいったし、先輩を何度もいかせた。
もうやめろと怒鳴られて、ようやく手をペニスから離したくらいだった。
ずっと握っていたかった。
用を足すのだって俺がやってあげたかった。
それを言うのはさすがにやめた。
本気で怒られたり、暴力を振るわれるかもしれないとさえ思った。
先輩は力が強い。
俺の方がずっと背は高いが、けんかになったら確実にこちらが負ける。
だからただ、妄想するだけにとどめた。
先輩の背後に回った俺が、彼のものに手を添えるようすを目に浮かべるだけで、俺は自慰ができた。
狂ってるな、とよく思った。
でも、しかたなかった。
それが恋というものだ。


俺も先輩もひとり暮らしをしているから、セックスする場所に困るということはなかった。
会社帰りに、たいてい俺が先輩の部屋に上がり込んだ。
先輩はいつも少しいやそうな顔をした。
最初から、今まで、この関係を望んでいるというさまを見せたことはない。
早くやめたい、とまで言われることもあった。
だけど俺は聞こえなかったふりをする。
俺が先輩のその言葉を鵜呑みにし、離れていくことなどありえなかった。
実際は先輩も分かっていた。
常に彼は俺を試した。
どこまで許せるのか?
どれほど自分が好きなのか?
そんなこと。
俺はひとりほくそ笑んでしまう。
先輩のテストなど、柔らかい鳥の羽で頬を撫でられているようなものだ。
俺が頭の中で先輩にどんなことをしているのか、先輩は知る由もない。
そして現実として週に3日は、先輩のベッドの上、いや、いたるところで、俺は先輩の股を開いていた。
脚を高く掲げ、四つん這いにさせ、体の上に乗せた。
ハスキーで鼻にかかった声が、犬の悲しげに鳴くような音になるのを俺は腰を振りながら味わい尽くす。
彼はよく汗をかいた。
俺は蜜のようにことあるごとにそれを舌で舐め取った。
先輩を抱いているさなか、俺は虫か動物になったと完全に思い込むときがある。
原始的な快楽のみしかそこにはなく、太古の祭りの夜のように、俺は一心不乱に先輩を貪るだけだった。


新入社員として配属された俺の教育係が、ミンソク先輩だった。
先輩は俺からするとかなり小柄に思えた。
顔のあちこちが立体的で、目と口がひどく印象に残った。
「背、たけーなあ」
先輩ははじめましてのあと、俺を見上げて呟くように言った。
そうですか、と応じると、そうだよ、と言って笑った顔が、なんとも子供っぽいなと思ったのを強烈に覚えている。
思えばあのときもう、そうだったのかもしれない。
歯茎がおいしそうなピンク色だな、などと思っていたのだから。


「もう、帰るよ」
今日は珍しく俺の部屋に先輩は来ていた。
俺が料理するから来てよ、と招いたためだった。
ほんとうだった。
前日から準備していた。
ワインを冷やし、スウプを煮込んで、マリネを漬けておいた。
ケーキだけは帰りに買った。
先輩はシックな内装のケーキ屋の中を見渡しながら、所在なさげに隣にいた。
生チョコレートのケーキをホールで買うと、その値段に小声で、「まじか」と言ったのが聞こえた。
俺は唇だけで微笑んだ。
部屋に帰り、準備を整える横で、先輩は上着を脱いでハンガーにかけ、ネクタイの首を緩めた。
何はともあれいたしたい、という衝動を抑え、俺はいそいそとテーブルをセッティングした。
小さなふたり用テーブルは、にわかに料理と食器で埋め尽くされた。
椅子に腰を落ち着けながら、先輩は言った。
「すげーな」
それはひとりごとに等しかった。
どうしたんだよこれ、などの質問攻めに合わないんだなと、俺は向かいに腰を下ろしながら先輩の顔を窺った。
「食べましょうよ」
冷えた白のワインをグラスに注ぐ。
グラスも冷たく、曇っていた。
ボトルの口から澄んだ液体が流れ出るさまを先輩は少し口を開け、目を瞬かせて凝視した。
だが何も言わなかった。
グラスを合わせて食事を始めても、いつも通り仕事や職場の人間たちの話、サッカーの話、世間のニュースなどが話題にのぼり、常と違うのは食べているものだけのようなありさまだった。
しかし俺は構わなかった。
俺の自己満足で結構だった。
先輩が俺の作った料理を食べ、唇の上を濡らすのを見ると、血が沸き立つような感じがした。
食事のあとケーキを食べようと思っていたのに、我慢できずに油の付いた唇に俺は唇を被せた。
ケーキには冷蔵庫の中でしばし待ってもらおう。
先にこのデザートを。
そうして今、先輩はことを終えて帰ろうとしている。ケーキも食べずに。
「ケーキ、あるんですよ」
「知ってるよ。俺はいいよ」
「ホールなんですよ」
「知ってるって。お前食べれるだろ」
先輩は、俺がチョコレートに目がないのをよく知っていた。
俺は灰皿に長くなった灰を落とした。
「いいじゃないですか。ひとくちだけ」
ベッドに上半身だけ起こし、かろうじて股間に布団をかけたかっこうで俺は食い下がってみた。
先輩はハンガーから上着を取り、腕を通した。
「あ」
胸の内ポケットを先輩はおもむろに漁った。
こちらを振り向き、ほら、と言って、ベッドの上にリボンのついた小さな箱を置いた。
俺は煙草を灰皿に押し付け、そのささやかな包みをじっと見た。
そして視線を上げた。
先輩の目と、出会った。
「これ」
「おめでとう、誕生日」
先輩はスーツのボタンを留めている。
「知って」
「営業なめんなよ、お前」
開けてみろよ、と声が掛かり、俺は魅入られたようにその包みを手に取った。
包装を開けると、深い色の革でできた名刺入れが中にはあった。
「営業だからな」
両手で鈍く光るそれを持ち、俺は言葉を失っていた。
ありがとうさえ言えなかった。
「気に入ったか?」
つむじを見せた俺は、そのまま何も返さなかった。
「セフン?」
素っ裸のまま俺は立って冷蔵庫に向かった。
狭いそこに収まった黒く光るデザートを俺は引っ張り出し、テーブルに置いた。
人差し指を端に突っ込む。
なるたけ大きく掬い取ると、先輩の前に立った。
「なんにもいらないって、言うから」
俺はひどくすねたような顔をしているのが自分で分かった。
「これくらいは、したくて」
指の周りは濃い茶色や黒の柔かいものに包まれている。
それを顔のあたりにまで掲げながら、俺は続けた。
「だからふたり分、お祝いしようと思って」
ほとんど唇を尖らせた俺を見て、先輩は呆れた表情で息を抜き、口元をひしゃげるようにして笑った。
「分かってたよ。こっぱずかしくて言わなかっただけだよ」
俺を見上げて、目尻が上を向いた大きな瞳をきゅっと細める。
「…これ、食べて」
甘味に汚れた俺の指に先輩は視線を移した。
先輩を指すようにすると、ためらいながらも口を開いて、先輩は俺の指を食べた。
ぬるぬる、と、舌と生地とクリームが俺の指を包んだ。
ちゅぽ、と唇を離すと、その上には焦げ茶のカスが付いていた。
「食ったぞ」
上目で俺を見、先輩は言う。
もちろん、俺は、舌で彼の唇を掃除した。




おわり





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20190701

光の中、走る(誕生日企画・D.O.入隊記念・パラレル短編)
 お母さんが学校から帰ってきたぼくに、おかえり、と言ってすぐ、
「ミンソクくんが中学受験受かって、春から寮生活だってさ」
と、正座のかっこうで洗濯物をたたみながら、やさしいようなそっけないような声でつづけた。
 ぼくは塾に行くまでの時間でおやつを食べ、少しだけでもゲームをしたかった。なのに立ったまま何も言わず、お母さんがもくもくとパンツやくつしたをおりたたんでいるのを見ていた。夕やけが大きな窓いっぱいに広がり、お母さんは黒いシルエットになっていた。カラスがぼくをバカにするみたいに、かあかあとないている。
 ほら、荷物おいて、手、洗ってきなさい、とお母さんが言い、ぼくは目をぱちぱちとまたたいて自分の部屋にむかった。ドアを開け、かばんをおくと、ベッドの上に座り、そっと横にたおれた。
 ミンソクくんが中学受験受かって、春から寮生活だってさ。
 頭の上にあるカーテンの閉められていない窓から、ゆっくり暗くなりはじめた、けれどまだオレンジと赤の間がまざっている空の色が、ぼくの全身にふりそそいでいた。起きなきゃいけなかったが、体が紙きれみたいに吹いたらとんでしまうような、中身の入っていないしろものになってしまったぼくは、このあとの予定をむこうにおいやって、お母さんのことばを自分でくりかえしささやいていた。
 みんそくくんがちゅうがくじゅけんうかって、はるからりょうせいかつだってさ。
 ミンソク兄ちゃんが受かった中学は、ここから車で何時間もかかるところにある、私立の学校だ。
 クリスマスパーティーのとき、お母さんと兄ちゃんのお母さんがいつもみたいに楽しそうにお酒を飲んでいる横で、ケーキとチキンを食べながら、兄ちゃんはそう教えてくれた。
「どうやって学校通うの?」
「こっからなんてむりだよ。寮に入るの」
「寮?」
「生徒が住むとこが敷地内にあるの」
「学校に住むの?」
「学校のとなりにある建物にな」
 ぼくは目を丸くして兄ちゃんを見た。すると兄ちゃんは、歯ぐきののぞく、くちびるの曲がった口元になって、つまり笑って、立てたひざの上にひじを乗っけて、指でつまんだ鳥の足をぶらぶらゆらした。
「目、目」
 つばを飲みこんで、なぜかとても動きのにぶい頭で、言われたことをいっしょうけんめい考えた。そのあいだ兄ちゃんは、骨に残った肉を歯でこそげとっていた。
「食べすぎだなあ」兄ちゃんはそう言いながら次の一本を手にとった。「まあ、クリスマスだからな」
 のうてんきなことを言っている兄ちゃんにどこか腹立たしくなりながら、ぼくはようやく口を開いた。
「じゃあ、もう、…遊べないじゃん」
 最後の方で口の中がきゅうっとすっぱくなって、ぼくはあわてた。もう泣いたりするところを、兄ちゃんに見られたくない。そう思ってから一度も泣いていないのに、その波は前ぶれもなくやってきた。口をへの字にして涙を飲みこみ、なんとかこらえると、兄ちゃんを向いた。
 兄ちゃんはほほをふくらませて、ひっきりになしにもぐもぐ動かしていて、リスに似ていた。油のういたくちびるが光って、中学生になるなんてうそみたいだと思った。
 大きな目がぼくを映した。
「毎日は無理だけど、夏休みには遊べるって」
 夏休み!!!
 ぼくはぎょうてんした。
 じゃあ学校に入ったら、夏休みまでずっと、会えないのか。
 さっきおしこんだ涙がいきおいよくもどってきそうになって、ぼくは視線を下に向けた。
「さみしいか?」
 耳のすぐ近くで兄ちゃんのかすれた、高い声がした。ちょっと笑っているような、でもそれだけでないような、変な声だった。お母さんがぼくに、兄ちゃんのことを教えてくれたときみたいに。
 さみしい、と言うのはなんだかいやだった。しゃくだった。バカにされているような気が、やはり少しした。
 しばらくしてから、
「つまんないよ」
と答えた。
 手の上にお皿。その上には生クリームの乗ったケーキ。フォークでひたすらつついていたから、ぼろぼろになっている。
「そうかあ」
 それだけ言うと、兄ちゃんはもうこの話をしなくなった。ふだんから、兄ちゃんとぼくはあまりたくさん話さない。でもずっといっしょにいた。もっと小さいころは、ほとんど毎日そうだった。
 お母さんたちが、大きな笑い声を立てている。
 もうすぐ、帰りがおそいときにあずかっててもらわなくてもよくなるよ、と兄ちゃんのお母さんがうれしそうに話しているのがとぎれとぎれ、クリスマスソングのあいまに聞こえた。まだ受かってはないけどさ。
 そのとき、ぼくの中でひらめきが舞った。
 そうか、まだ決まったわけではないんだ。
 ぼくはがぜん希望を持ち出した。
 元気が出てきたぼくは思い出したようにケーキをたいらげると、何もなかったふうに兄ちゃんに接しはじめた。そして兄ちゃんが見せてきた新しく買ってもらったゲームに、ふたりでつくづくむちゅうになった。
 すっかり部屋の中が灰色になっていた。
 ぼくを呼ぶお母さんの声がした。もう三度目で、だんだんとボリュームが増している。
 あのときいだいた希望を完全にうちくだかれたぼくは、ぬけがらの体をのろのろ起こして、塾用のかばんを持って部屋を出た。
「おやつ食べな」
 お母さんが目でうながした先に、アップルパイの大きな一切れをもったお皿がおいてあった。
「ぼく、今いらない」
 おどろくほど弱々しい声が自分からして、ぼくはたじろいだ。お母さんにようすが変だと思われたくなかった。
「おなか、すかない?」
 首を横にふると、意外なことに、お母さんはそれきりすすめなかった。
「今日、塾、行く?」
 つづくことばがそういうものだとは思っていなかったので、やはりあやしまれているのかとあせったぼくは、急いで答えた。
「行くよ」
 言いながらリュックサックをせおうと、玄関に向かった。
「気をつけてね。終わったら電話して」
「うん、いってきます」
 ダイニングにつづくドアを閉めると、ぼくはまたとたんに気がぬけて、あかりもつけずにごくゆっくりとした動きでくつをはき、ドアを開けようとノブに手をかけた。が、開ける前に勝手に開いた。
「おお」
「わあ」
 のけぞっておどろくミンソク兄ちゃんが、目の前に立っていた。
 日がくれてうす暗くなった外を背にして、兄ちゃんの小柄な体がうき上がって目に映った。するととつぜん、ぜんぜん知らない人と向かい合っているような、おかしな心もちになった。急な気まずさに混乱した。
「立ってるなよお、そんなとこ」
「そっちこそ」
「塾か?」
「うん」
 少し間を空けて、兄ちゃんは言った。
「聞いたか?」
「なんのこと?」
「受験のこと」
 ぼくは頭に、ポーカーフェイス、とでっかく文字を書きながら答えた。
「ああ、うん、聞いたよ。おめでとう兄ちゃん。まさか受かるなんて、すごいじゃん」
 別のだれかがぼくの体をのっとっているように、すらすらとことばは出た。そして兄ちゃんから目をはなさず、まばたきもしなかった。
 兄ちゃん、その向こうにおいてある、いつも乗ってくる自転車。
 図工の時間の版画みたいに、ぼくは心の中でその光景をほり、白黒で強く紙にすった。
「ギョンスも来ればいいじゃん」
 目をそらしていた兄ちゃんが、つぶやくようにそう言った。
「同じとこ、来ればいいじゃん」
 ぼくを見ると、目が合った。
 すると、またぼくの中に、夕闇を吹き飛ばすような、温かな希望の光がさしこんだ。こんなにも暗いのに、はっきりとすべてが光って見えた。
「何言ってんだよ」
 ぼくは自分の顔が赤くなっているのを知っていた。でも兄ちゃんにははっきりとは分からないはずだ、そう思いながら少し口をとがらせたような兄ちゃんにつづけた。
「ぼくがいっつも塾行くんだって、兄ちゃんが行くようないい学校めざせばって、お母さんがしょっちゅう言うもんで、それでみたいなもんなんだから。だからぼくも、兄ちゃんに言われなくったって、そこに行くんだよ」
 ごめんお母さん、ぼくが声に出さずにあやまると、兄ちゃんは明るい顔をして言った。
「なんだ、そうなのかよ」
 思いのほかうれしそうなようすに、ぼくは体がかっかした。
「そうだよ、じゃ、塾行かなくちゃいけないから、そこどいてよ」
「あ、うん」
「お母さんになんか用事?」
「いや」
「じゃあ、ぼく行くよ」
 ほんとうに時間がなかった。
 兄ちゃんの横をすりぬけ、がんばれよー、という声を背中で聞いた。
 走り出すと、熱いほほに、冷たい風がぶつかった。
 ぼくは塾まで、全速力で駆けた。
  
  
  
 おわり
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

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20191221

願いの行き先(クリスマス・アンサー企画/パラレル短編/EXO)

 薄靄の向こうにいるド・ギョンスはあらぬ方を見ている。
 唇に人差し指と中指を触れさせるたび、ビョン・ベッキョンは彼を盗み見た。唇がすぼまり、また開くさまは開花を思い起こさせた。灰色に染められた絹生地に似た煙がそこから幽霊のように溢れ出る。渦が巻き、消えるのを見つめながら、ドラムの細かく儚い、しかし確かにそこにある打音が頭の中心を揺らすままにさせていた。
 食事は結構なものだった。相当いい店に行ったのだーー女と付き合っているときにだってあまり行ったことのないようなレストラン。フレンチ。
「クリスマスだからってさ」
 席について苦笑しながらそう言うと、まじまじと相手の顔を眺め、ナプキンを広げながらド・ギョンスは返した。
「いやなのか?」
「いやじゃないけど」
「美味いらしいから」
 会社帰りの男ふたり連れで来るようなところではなかった。男女のカップルか家族連れの中、彼らは浮きに浮いた。ビョン・ベッキョンは少々居心地が悪く、目を伏せて零した。
「美味いのはそうかもしれないけどさ」
「予約取りづらいんだ」
 小声で話している中、よりこもった声でつぶやくようにド・ギョンスは言った。背筋を伸ばし、ウエイターが皿を運んで行き来するのを目で追いながら。
 まばたきながらビョン・ベッキョンは黙った。すでに恥ずかしさからかなり頬が染まり、首筋に汗が浮くほどになっていたが、いよいよ体温は上昇した。光るグラスを取ると、中の水を勢いよく飲んだ。
 それからは気を取り直して明るく多弁になったビョン・ベッキョンとド・ギョンスはよく食べ、よく呑んだ。確かにどれも非常に美味だった。マナーや何やかやが気にならないこともなかったが、不躾とも言えるほどまっすぐまばたき少なく自分を見てくるド・ギョンスの視線のようすに意識は向けられ、体中に発汗を覚えながらビョン・ベッキョンは喋り、食した。食べながら食べられるのを待っているようなおかしな感覚で、意味もなくへらへら笑った。
 店を出ると白い息を吐いてド・ギョンスは言った。
「うち来てほしいんだけど」
 マフラーを巻いていたビョン・ベッキョンは一瞬動きを止めた。が、合っていた目をそらして急いで答えた。
「うん」
 先立って歩き出したコートに着られているような背中を追った。考えのまとまらない脳内は、クリスマスソングだけが唯一まともに流れていた。
 来るのは初めてではなかった。正確に言えば三回目である。
 当然来ることになるだろうとは思っていた――のに、実際来るといつも異常に緊張した。今回も同様だった。皮膚の表面がぴりぴりとしびれ、何を言い、何をしているのかよく分からなくなってしまう。常にそのときどきの状況を把握して行動するビョン・ベッキョンのようなタイプにとってこれは恐慌状態に近かった。魂が体から抜け出て宙に浮き、そこから自分を見下ろしているような不安な感覚で、どうしたら落ち着けるのだろうかと必死だった。反対にド・ギョンスは妙に落ち着いていた。常時そうだとも言えるが、口数はより減り、瞳がおかしなふうにぬらぬらと激しく、しかし静かに光った。それが恐ろしく、だが快く、ビョン・ベッキョンはお化け屋敷におっかなびっくり入る子供のような心持ちで整然とした清潔な部屋で夜を過ごした。だいたい金曜日の夜で、今夜もそうだ。
 付き合っているのだーーそうなのだろう、とビョン・ベッキョンは思う。ほとんど毎週金曜の夜、共に過ごす。週末、土曜も予定が他になければ会ったりする。しかし夜明けまで一緒だったのは、この部屋に来たときの二回だけだ。それに、お互い相手に触れることもほぼない。あのときは突然キスしてきたくせに、ビョン・ベッキョンは思い出しながら何か騙されたような気持ちに心中歯噛みした。あれ以来、仲のいい友達、親友のような関係になって、確かに楽しくはあったが、拍子抜けしたことも事実だ。けれど決してそのようにド・ギョンスがおのれを思っていないことも知っていた。それはこれまで書いているように、目のありようにまざまざと表れていた。だがただ見つめるだけで、そうして伏し目になって煙草をゆっくりふかすのだ。期待していた自分が恥ずかしくなり、ビョン・ベッキョンは妙に意地になって何も気付かないふりすらした。
 ケーキ作った、と言われて生クリームでデコレーションされたホールサイズのものを見せられると、ビョン・ベッキョンは驚きのあまり絶句した。その間ド・ギョンスがわずかにこちらの反応を伺っているのが分かり、ビョン・ベッキョンはことさら騒いだ。ひとしきり食べ終えるまでうるさくすると、ド・ギョンスは常のごとく断ってから一服し出した。手作りのケーキは甘く、砂糖と果物の香りが部屋中に満ちており、苦いような煙草の匂いがいつも以上に鼻を突いた。
 部屋に入ってからすぐかけられたジャズはヴォーカルなしのもので、会話を止めたふたりの間をくるくると踊るように回っていた。ド・ギョンスが淹れた冷めたコーヒーを再び口に持っていくと、声が聞こえた。
「ドンヒョクは」
 一段と低い音になったド・ギョンスの声が煙といっしょに舞った。視線を上げたビョン・ベッキョンは、予期していなかった言葉に「うん?」と言った。
「もう、大丈夫そうだから」
 視線を受け止めることをせず、ド・ギョンスは続けた。吐き出した煙がゆっくりと上を目指す。
「そうなのか?」
「うん」
 ビョン・ベッキョンも実はそう思っていた――少し前から。
「改めて謝られたし」
「へえ?」
「気にしないで付き合ってくださいだって」
 瞬間どくりと心臓が鳴った。ビョン・ベッキョンは返答をためらった。
「だから」
 言葉を切ってド・ギョンスはビョン・ベッキョンを向いた。眉根が下を向いているのは気のせいだろうか?こんな心もとない顔をしているド・ギョンスは、ビョン・ベッキョンは初めてだった。下を向いてド・ギョンスは言った。
「俺と付き合ってくれる」
 言いつつ煙草を灰皿に押し付けた。
 唇を引き結んだビョン・ベッキョンはド・ギョンスを見つめていた。膝を立てたド・ギョンスはその上に伸ばした両腕の肘を置き、片腕の上に顔を半ば隠すようにした。そしてちらりとビョン・ベッキョンをそこから見た。晒されたうなじが桃色になっている。
 どもりそうになりながらビョン・ベッキョンは答えた。
「い、いいけど」
 するとおもむろにド・ギョンスは顔を上げた。
「いいの」
「うん」
「そうか」
「うん」照れたビョン・ベッキョンは半笑いで続けた。「て言うかもう付き合ってると思ってたし」
 目を合わせたまま相対していると、にわかにビョン・ベッキョンは焦った。
「だってお前俺のこと好きってことだったし、誘ってくるだろ。俺断ってないんだからさ」
 耳まで赤くなっているのが嫌でも分かった。
 いきなりド・ギョンスは立ち上がり、それに驚いたビョン・ベッキョンが見上げていると、すたすたとビョン・ベッキョンのとなりにやって来て腰を下ろした。
 目を見開いたビョン・ベッキョンにあの達磨のような黒目の丸を向け、ド・ギョンスは言った。
「キスしていい」
 唇から煙草の匂いが漂うのが分かるほどの距離だった。掛けられた言葉の意味が脳に落ち着くと、ビョン・ベッキョンは気絶するかと危ぶんだ。
「なんで聞くんだよ」
 笑おうとしたがうまくいかなかった。ゆがんだ唇がかすかに震えた。
「前の反省を込めて」
 今度は自然と笑った。
「なんだよそれ」
 自分の息が甘い。ビョン・ベッキョンは勝手に閉じそうになっている目を懸命に開けていた。
「したいんだけど、いいか?」
 徐々に顔が寄ってきているのが分かっていた。無意識のうちに、何故かビョン・ベッキョンは両腕で顔を隠した。
「駄目ってこと」
「いや、その」
 変わったかたちの耳は燃えるような色を示し、腕の向こうにそびえている。
 手首に手が回った。
 簡単に腕は下りた。小さな怯えたような瞳がド・ギョンスを見返しており、彼は沸き立つ衝動が体を焦がすのではないかと案じた。
「いいか」
 信じられないほど低い声で、唇と唇が触れそうなところでそう問われると、ビョン・ベッキョンはこくこく小さく繰り返しうなずいた。その最中にふたつは重なった。
 耳の奥でシンバルが振動しているようだった。顎を捉えられたビョン・ベッキョンは後ろに頭を引くこともできず、知らぬうちに目を閉じ、唇が好きにするに任せていた。それはそれだけで生き物のように欲望に忠実だった。ジャズバーのトイレの前でキスされてから、ずっと自分が何を望んでいたのか、ビョン・ベッキョンはこれ以上ないほど強く自覚した。
 ド・ギョンスは理性が遠のくのを実感していた。急ぎすぎてはいけないと自戒していたのに、結局舌はビョン・ベッキョンの口の中にあった。舌同士が久しぶりに出会うと全身が溶けるかと思うほどで、無我夢中で愛撫した。
 ようやく離れると泳ぎ疲れたあとのようになっていた。
 前髪を撫でるようにして軽く引っ張ると、ド・ギョンスは囁いた。
「脱がしてもいいか?」
 ビョン・ベッキョンはもうとても耐えられないと、不機嫌そうに小さく吐き出した。
「その聞くの、やめろよ」
 皮膚全体を真っ赤にしてビョン・ベッキョンはそっぽを向いた。
「それで?いいのか?駄目なのか?」
 悔しくなってビョン・ベッキョンは答えなかった。横を向いたままでいると、首の骨を唇が這った。
「じゃあもう聞かない」
 耳の穴の奥の脳の芯が、今度はド・ギョンスの低音で甘く震えた。
「あ、汗かいてるからやめとけよ」
 ド・ギョンスはくすくす笑った。何を言っているんだか。どれだけ俺がその汗を舐めたいと願っていたか、ちっとも分かっていないのだから。不敵な笑みを浮かべたド・ギョンスが心底恐ろしく、そして愛しいとビョン・ベッキョンは思い、そんなふうに思う自分に唖然としている中、素肌がいつの間にか空気とド・ギョンスに触れていた。
 
 
 
 
 おわり
 
 
 
  



 
  




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20191226

こぼれ落ちるこころ(クリスマス企画/パラレル短編/EXO)

 扉を開けて狭い玄関を抜けると、ようやく人心地着けるといったようすで、男たちはやおら騒々しく荷物を置き上着を脱ぎにかかった。あー、とおかしな低音で声を上げながら窮屈そうにコートを脱ぐ連れを横目で見つつ、ギョンスはてきぱきと暖房をセットした。
 ふたりは職業柄許される範囲のラフさを含んだ格好に身を包んでおり、実際大して私服と変わらなかった、特にギョンスは。よって部屋着に着替えることもなく、首を両サイドに曲げて体を伸ばすと、部屋を見渡しながらベッキョンはベッドに勢いよく腰掛けた。
「疲れたなー」
 筒のような白い喉から異様なほど大きく膨らむ声を出す。ギョンスはキッチンと寝室の間に立ち、放心したような態のベッキョンに静かに聞いた。
「食事にしていいだろ」
「んー」
 焦点の合わない目をしたベッキョンをいっとき見つめたあと、支度の間聴くための曲を掛けようとギョンスが部屋を横切ると、背後から声が追った。
「そう言えば、誰かさ、後ろから付いてきてなかった?」
 レコードラックに指を差し入れていたギョンスは、その動きを止めて振り返った。
「何?」
 見返しているベッキョンは訝しげに言った。
「感じなかったか?お前」
「ううん」
「気のせいかもしれないんだけどさ。学校からずっと誰か後ろにいる感じがして」
「学校から?」
「うん。生徒かなとかちょっと思ったんだけど」
 ギョンスはラックに向き直り視線を下げて言った。
「お前のファンじゃないの」
「そうかな」
「可能性大だな」
「やべーな」
 ふふ、と息を抜くだけの笑いを漏らしてギョンスは何も返さなかった。
「見られたかな、ちゅーしたの」
「知るか」
「やべーな」
「あんなとこでするからだろ」
「嫌がってなかったくせに」
 再びギョンスは返さない。もうさせないと言わんばかりに唇の上と下をぴっちりと閉じ、ジャケットに神経を集中させた。
「あ、もらったプレゼント忘れた」
 羽毛布団が潰れた間の抜けた音がする。後ろに倒れ込んだベッキョンは天井を仰いでうめいた。
「お前と分けようと思ってたのになー」
「いいよ俺」
「あんなにどうしろってんだよー」
「他の先生に分ければいいだろ」
「ばれたらまずいだろ、非難轟々だよ」
「口止めしろよ」
「お前ほどみんな口固くないんだよ」
 と言うかお前は無口だから、と続けてベッキョンはごろりと横を向いた。
「やっぱ年末は疲れるな」
 嘆息混じりの言葉に、選び取った円盤を携えギョンスは振り向いた。
「寝るのか?」
「寝ないよ」
 届いたのが何故か不機嫌そうな声音で、ギョンスは自分のベッドへと距離を詰めた。
「無理して食べなくてもいいぞ」
「食べるよ」デッサンの狂ったような顔でベッキョンは起き上がった。「作ったんだろ」
 整髪料をまとった長めの髪の毛はほぼ中央から分けられてまとまっていたが、今やあちこちへと勝手に跳ね、そのまぶたは半ば甘く閉じられていた。ギョンスは見下ろしてつぶやく。
「着替えれば」
「いや、起きてるって」
 そう言って立ち上がると、ベッキョンはレコードプレーヤーの横に設置された電子ピアノの前まで行き、その椅子を引いて腰を据えた。
「なんか弾きたい」
 関節関節できちんと整えたようなかたちをした細長の指が、鍵盤を順に押さえた。涙がこぼれるように音階が連なる。
 そのまま音量調節を慎重に行うベッキョンの後ろから、ギョンスは乱れた髪と伸びた首と骨ばった肩を見つめ言った。
「クリスマスだろ」
「そうだなあ」
 音を確かめるようにベッキョンは繰り返し指を鍵盤の上で動かしていた。そのたび花びらが時を得て落ちるように音符の名残が床に散る。と、くるりとギョンスを向き横長の椅子の隣をぽんぽんと叩いた。
「来いよ」
 わずかに目を泳がせながら、ギョンスは音も立てずに傍に寄った。
「もっとそっち行けよ」
「やだ」
 そうしてぴったり腰をくっつけ合い椅子に並んで座った。さも楽しげにベッキョンは笑う。
「さあて」
 そう言うと、目を伏せてゆっくりと古いクリスマスソングを弾き始めた、小さくハミングしながら。ごくごく抑えた音であるのに、ベッキョンの声は場を支配してギョンスをその中に完全に取り込んだ。ひとときまぶたを閉じ、そして開けると、ギョンスは横の青年を盗み見るように目に映した。子供のような、薄く小さな唇の両端が軽く上向いている。息を吸うごとにかすかに喉仏が上下する。
 ギョンスは振動する染みひとつない首に唇を置いた。指が止まる。やはり音はこぼれ落ちていく、何かに耐えきれないといったように。野生の動物を彷彿とさせる特徴的な耳の端を、ギョンスは歯で優しく噛んだ。あ、とあの声が漏れ、次いで耳たぶを含むと、不協和音が鳴り響いた。魔法を紡ぐ美しい手が上から握られ、ベッキョンの指はそのまま編まれた毛糸のようにするすると絡んだ。
 中の光った目がギョンスの顔を追った。上まぶたは下りかけているのに強く反射する瞳が、探るように彼を捉えていた。ギョンスはカーテンを開けるがごとく相手の前髪の下から手を差し込み、額から頬を撫ぜた。薄く開いた唇の隙間から、熱い吐息が絶えず届く。ベッキョンは空いた手でギョンスの耳から頬に触れた。その細い手首にくちづけ、ギョンスはベッキョンを見つめ返した。
 ベッキョンは強くギョンスの手の指に指を絡め直すと首の後ろに手を回し、自分より少しだけ小さな体を抱いた。頬と頬を触れ合わせ、深く息をつく。鎖骨のあたりに鼻を擦り付けるようにして、骨の影へとキスをした。
 顔を上げたベッキョンをギョンスは焦燥に似たもののこもった黒目で見つめ、額に、まぶたに、鼻の頭に、頬に、唇を付けていった。ベッキョンは相手の折れそうな腰を逃すまいと、無意識のうちに力を込めて自分に貼り付けさせていた。
 やがて唇にキスはされた。互いにしながら服の下に手を差し込んでいた。汗ばんだ肌が指に触れる感触。衣擦れと舌の絡む音と声にならないような声が夜に溶けた。
「落ちる」
 それは椅子からのことを言っているのだとギョンスはよく分かっていた。なのにこう返していた。
「とっくに落ちてる」
 ベッキョンは何も言わなかった。何も言う必要などなく、ふたりはただ落ちていくだけだった。
 
 
 
おわり





 
 
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  • ミス・レモン
ようこそお越しくださいました。
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